多くの人が言うように、知識として「知っている」ことと、血肉となり「理解している」こととには、大きな隔たりがある。例えば、
「目標達成することは重要だ」
と、言われた時、それが本当に何を意味するのかは、「目標を達成した人」にしかわからない。
またある人は「金をたくさん稼ぐことは重要ではない」
というが、その言葉が何を言っているのかは、「お金をたくさん稼いだことのある人」にしかわからない。
同じように、「下積みをせよ。それがあなたを育てる」という一言が何を伝えているのかは、下積みをしたことのある人にしか、わからない。
残念ながら人は、経験したことのない訓戒は、戯言のように聞こえる。経験したことのないことについては真の知恵を得ることはできない。
起業をしたことのない人には、起業がどのようなものかはわからない。
働いたことのない人には、労働がどのようなものかはわからない。
理解をしようとするのであれば、やってみるしかない。
これについての深い洞察が描かれているのが、ヘルマン・ヘッセの「シッダールタ」という本だ。
ヘルマン・ヘッセは20世紀のドイツ人の作家で、1946年にノーベル文学賞を受賞している。「シッダールタ」は彼の代表作の一つである。
例えば、悟りを開いた晩年、主人公のシッダールタは「真理を教えてくれ」と言う友を、このように諭す。
「『知恵は人に伝えることができない』ということだ。賢者が伝えようとする知恵は、いつもたわごとのように聞こえるものだ」
例えば「欲望」を捨て去るためにどうしたらよいか。通常であれば「欲望を捨てることのできる修行」や「欲望にとらわれない思想」を求めるのが人間だ。
「欲望を捨てるには、こうすればいいですよ」という答えを人はいつも求めている。
だが、シッダールタは全く逆のことをする。彼は「欲望」を真に理解すべく、知識欲、情欲、金銭欲など、あらゆる欲望にあえて身を投じていく。
それらを「捨てる」ために、敢えて経験することを選択するのである。
情欲を捨てるために、愛する人を作る。
金銭欲を捨てるために、金持ちになる。
そして、その都度「虚しさ」を感じ、欲望を捨て去るのだ。
回り道に見えるかもしれないが、シッダールタはその過程を「本物の知恵を得るために必要だった」と振り返る。
私がこの身、この心で知ったことは、こうだ。私は罪を大いに必要とした。快楽も必要だった。財産獲得の努力も、見えも、極めて恥ずかしい絶望も、私には必要だったのだ。
本当に理解したいならば、躊躇せず身を投じるしかない。
「いい話」を聴いただけでは何も人生は変わらないのだ。
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