コスプレ、スケボー、ストリートミュージシャン、いわゆる「サブカル」は大学における研究対象になるのでしょうか?
なるんです。
それを大真面目に研究している方がいます。東京都市大学メディア情報学部の岡部大介先生です。
岡部先生は世界でも数少ない、「コスプレイヤー」研究家であり、サブカルチャーに対して非常に広い知見を持つ方の一人です。発表された論文を見ても、変わったタイトルのものが並びます。
「コスプレファンダムのフィールドワークを通して」
「腐女子のアイデンティティ・ゲーム」
「女子高生のプリクラ利用」
などが、論文のタイトルに並びます。一体岡部先生はこれらを通して何を見極めようとしているのか?お話をうかがいました。
−研究対象としては非常に変わっていると思いますが、どのような研究なのでしょう?
一貫したテーマは、「学校外の学び」です。そして、現在最も興味を持っている対象はコスプレイヤーです。
−学校外の学びと、コスプレイヤーはどのような関係にあるのでしょう?
コスプレは、自分たちの身体を使ってアニメや漫画のキャラクターを表現する遊びですが、最近では非常にレベルが高くなってきているんです。
例えば、この写真ですが、「宝石の国」という漫画のキャラクターです。登場するキャラクターの髪の毛が輝くのが特徴なのですが、それを再現するために彼女はウィッグの下にLEDを入れ、光らせています。
また、この写真もあるアニメのキャラクターなのですが、手に持っているバトンはかつて玩具として発売されていたのですが、現在は絶版、オークションで8万円という値がつくほど稀少なアイテムになっています。
学生にはそんなお金はありません。どうするのかと思ったら、彼女は3Dプリンタで自作してしまったんです。
もちろん衣装なども自作です。高校、中学などで学んだミシンの技術を使って作成しているわけです。
そう考えると、彼女たちはいわば勝手に「学習」をしてしまっているわけです。しかも、自らの専門分野を超えて、ナチュラルに、必要に迫られて学習しているのです。
ここに私は、「従来の学校での学びとは異なる、独自の学びがあるのではないか?」と考えています。
−なるほど、コスプレイヤーの成長を、学びという観点から捉えようとしているのですね。なぜ、「学校外での学び」が大事なのでしょう?
社会の要請だと思っています。従来、学校での学びは「外部から評価基準を与えられ、制度化された中での学び」でした。
ですが、ストリートミュージシャン、スケートボーダー、コスプレイヤーたちは違う。「自分たちで評価基準を作り、制度もなにも無かった中で、
これは、大きな可能性を秘めた話だと思います。
−具体的に、コスプレイヤーたちはどのように学習を行っているのでしょう?
私の観察では、インターネット、特にSNSをうまく利用しています。
まずコスプレイヤーたちは「自分がなりたいキャラクター」を決めたら、とりあえずポータルサイトに行き、「どこまで自分が追求したいか?」を決めています。
もちろん、初期段階ではイベントなどに間に合わないので、衣装や小物をありもので作っていくわけです。でもそれらは正直、それほどレベルの高いものではない。ただ、彼女たちはそれで終わらず「自分たちがここまでやった」写真をSNS上にアップロードするんです。
面白いのはここからです。投稿した写真は、またそのキャラクターを目指す人の「参考資料」になります。誰かの足場になるのです。教育用語で「足場掛け」と言いますが、これは重要な概念です。
この写真は、先ほどの「宝石の国」
あえて、製作途中の過程をとばしてアップロードしているようですが、彼女たちにはむしろ詳細のインストラクションは不要なようで、工夫する余地を残したほうが盛り上がるようです。
実はこれ、学者と同じことをしているんです。足場掛け文化、これはアカデミックな研究と全く一緒のことをしています。過去の論文を読んで、自分のオリジナリティをそこに加えていく過程は、まさに大学の研究そのものです。
コラボレーションが目的にあるコラボレーションではなく、目的中心のコラボレーションであり、むしろ「プロジェクト型」と言っても良いかもしれません。
−コスプレというと、日本が世界的にもレベルが高いというイメージが有りますが…
SNSの登場前は確かに日本のレベルが高かったと思います。でもこの学習法の影響で、いまは世界中でレベルがあがっていると思います。
これは「
−この研究で、他にどのような発見があったのでしょう?
特に面白いのは自分たちで進んで学習しておきながら、「学習しなければならない」という圧力に、彼らが抵抗する点です。私は「戦略的抵抗」と呼んでいます。
−それはどのようなものなのでしょう?
例えば前に取り上げたウィッグにLEDを入れたコスプレイヤーですが、これをツイートしたところ、かなりの反響がありました。ただ、中には否定的なリツイートも散見されまして、例えばテック系の人たちから
「燃えたりしないのか」
「熱がすごいんじゃない?こう改良すれば?」
といった、余計な上からのお世話がきたんです。
彼女は、それを無視しました。彼女にとっていらない情報を積極的に避けているようにも見えます。「もっと上を目指せ」「もっと技能を向上させろ」という圧力に対して、変化しない、ということを選択したようにも見えます。
個人的にこの行為にはかなり着目していまして、「学習化された社会」すなわち、成長への圧力が常にかかる社会への抵抗があることも実は有意義なのかもしれないと考えています。
−このような研究は、日本だけなのでしょうか?
オバマ政権が格差の解消を重要視していることもあり、アメリカで盛んです。
コネクテッド・ラーニングという分野ですが、例えば、サンフランシスコの労働者階級の出身の少女がいます。
彼女は学校の成績は全く振るわかなったのですが、「ファンタジー小説の執筆」にのめり込み、同じ趣味を持つオンラインコミュニティの支援によって成長し、遂には大学に入るまでになった、という話があります。特定分野への興味が、学力を昂進させることに役立つのでは?という研究です。
また、シカゴにおいて、図書館をアニメーション制作の学生に開放し、図書館に来る子どもたちの横でそれをさせたところ、子どもたちが図書館に興味を持ったのか、図書館の本の貸出数が10倍になった、という報告などもあります。
学校外での学習は、非常に奥深く、まだ研究の余地がかなり残されているのです。
−なぜこのような変わった研究をするに至ったのでしょう?
もともと私は教育学部の出身です。実は教員免許も持っているんですが、そういった状況もあり学校教育心理学を学部生の時に専攻しました。その時は小学校に出向いたりして、フィールドワークも行っていました。
そして、大学院に進んだ時、面白い先生と出会ったんです。そこで私は「学校の中での学び」というものが学校特有のものであり、それぞれの場で、それぞれの学びがある、ということを気づきました。
銀行なら銀行の中での特有の学び、ベンチャーならベンチャーの中での学びがあり、他社との付き合い方、仕入れるべき知識も違うでしょう。
学びというものは、状況や文脈によって相対的に築かれていくものです。これを「知の状況依存性」と言いますが、学習に関する心理学の領域は、このようなことも研究領域として持っているのです。
−その後、どうなさったのですか?
そこで私は、学校外の学びに関する研究を始めました。
まずは北千住のストリートミュージシャンに話を聞きに行きまして、そうすると、北千住のストリートミュージシャンにも、ルール、マナー、テリトリーがある。
ここでは長渕はやらないよね、という暗黙の合意や、ミュージシャン同士のヒエラルキーもあったり。学校的なものと、そうでないものが混在しているんです。
これは、彼らなりの知識構築をしているわけです。学校は、与えられる評価基準で判断されますが、ストリートは、自分たちで評価基準を作れる。
コスプレイヤーたちは、その延長にあるわけです。面白いでしょう?
−岡部先生、ありがとうございました!ご興味のある方は、岡部研究室まで、ご連絡下さい。
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