少し前に対照的な二人の人物に出会った。

 

彼らは両名ともに40代、大企業の管理職であり、それなりの経験を積んでいる人たちだ。似ているプロファイルを持つこの二人だが、明らかに異なる点が一つあった。

それは、「自分の理解を超えたこと」への態度だ。

彼らは同じセミナーに参加していたのだが、その二人のセミナーに関する感想は全く異なっていた。

 

一人は、「今日のセミナーはよく理解できなかった。多分大したことを言っていないのだろう。」と言った。

そしてもう一人は、「今日のセミナーはよく理解できなかった。でも、言っていることを理解できるようになりたい。」と言った。

 

私が見る限り、セミナーの内容自体は悪くはなかった。

だが、大学の先生特有の話し方や、ある程度知識があることを前提としていたり、説明が不足していたりして、「とっつきにくいな」と感じたのは確かである。

 

この好対照をなす

「自分にわからないものは無価値」

と

「自分はまだわかってないから、きっと価値があるのだろう」

という2つの態度は、ほかのシーンでも見かける。

 

例えば本を読んだ時の反応だ。

数年前にも、ある経営書について、一人の経営者は「こんな難しい本を理解できるようになりたいと思って、勉強した」と言っていた。

一方で、別の経営者は同じ書物を「わかりにくいものは、大体くだらないものです」と言っていた。

 

私はここに、知的能力の大きな断絶を見る。

 

客観的に言えば「わかりやすさ」と「事の真偽」は全く関係がない。

例えば、

・わかりやすい主張が真であり、わかりにくい主張はウソである

・わかりやすい主張をする人は頭がよく、わかりにくい主張をする人は頭が悪い

・わかりやすい主張には価値があり、わかりにくい主張には価値が無い

といった意見は、いずれも思い込みである。

 

人間の脳は怠け者であるため、少し知的な負荷がかかるだけでも、それを「意味のないもの」とみなす傾向にある、というだけだ。

だから「わかりにくいもの」を「意味のないもの」と決めつける人物は、一種の知的怠慢を犯している、ということになる。

 

もちろん「商売」を第一に考えれば、顧客がわかりにくいものを敬遠することを前提としなければならない。中身がわからない商品を買う客はいない。

だが、上司や経営者がこれでは困る。

自分が客のつもりで「わかりやすい資料をよこせ」「わかりにくい話は聞きたくない」と述べる方をしばしば見かけるが、このマインドは組織全体を汚染するマインドである。

そう言った組織では「単純で簡単な説明」ばかりが好まれ、「複雑さ」は遺棄される。それは「社内営業」のウデを競い合っているだけだ。

そんな組織は、現実という複雑な現象に対処できない。

 

 

ノーベル賞を受賞した認知心理学者、ダニエル・カーネマンは次のようなエピソードを著書*1で紹介している。

 

・「ハリネズミ型の思考」は、一つの世界観を持っていて、どんな出来事も一貫したフレームワークで説明する。自分の見方に従わない人には我慢がならず、自分の予測には自信満々だ。

・「キツネ型の思考」は、一つの事柄や一つの思想が歴史の行進を率いるとは考えない。現実の世界は様々な複雑な要因や力関係の相互作用によって既定されるのであって、そこでは偶然が大きな役割を果たし、予想不能な結果をもたらすと認めている。

 

ハリネズミ型の思考はわかりやすく、人気がある。が、実際に予測の精度が高いのは、キツネ型の思考だ。

*1

 

 

実際、現場では物事を厳密に表現しようとしたり、真理を追求しようとする過程では「わかりやすさ」が犠牲になることも多い。

そう考えれば「複雑で、自分にわからないものは無価値」とは、組織を腐らせる、危険な思想でもある。

 

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(2026/10/26更新)

 

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