大学で何が得られるのか、大学に行く意味はあるのか、という話は、割と頻繁に話題になります。

「大学なんて行ってもいいことないよ」という人もいれば、「大学出ておいた方がいいよ」という人もいます。

 

ただ、おそらく「自慢話」ととられてしまいがちだからでしょうか。

「実際に、いわゆるレベルが高い大学ではこんなものが得られて、その後こんな役に立つよ」という話は、あまり見かけないような気がします。

 

大学に行く/行かないは個人の選択ですし、大学を卒業しようが卒業しなかろうが社会で活躍することは可能です。

そういう意味で、大学が必ずしも「行かないといけないもの」「卒業しないといけないもの」というわけではありません。大学に行かない、大学を辞めるという選択肢も、ちゃんとビジョンがあるなら全くもってアリだと思います。

 

ただ、その上で、「レベルが高い大学で学ぶ/レベルが高い大学を卒業するとこんなメリットがある」というのは、飽くまで選択肢の一つとして、ある程度可視化されてもいいような気がしました。

大体、「大学にいっても社会で役立つことなんて学べないよ」ということを聞くと、私は「いやいやそんなこたねぇよ」と思ってしまうのです。

○大学の授業や研究で得られること

○大学の人間関係で得られること

○大学を卒業することで得られること

上の三つに分けて書いてみたいと思います。

前提として、私は十数年前に東大を卒業しました。選択した学部は文学部で、院にはいかないで就職しました。なので、おそらく理系の典型的ルートとは大分事情が異なるだろうことをご承知おきください。

大学の授業や研究で得られること

大学は「なんとなく通ってれば自然に色んな物が頭に入ってくる」という場所ではないので、これらは「主体的に身につけようとすれば得られるものの一例」ではあります。学部によっても変わりますし、専攻によっても変わるでしょう。

ただ、少なくとも私は、東大でこれくらいのことは学べたような気がします。

・自分が選んだ専攻分野についての専門的な知識やスキル

・自分で自分に必要な知識を取捨選択する、という経験

・上記から得られる、「自分にはどんな知識が必要なのか?」ということを考える経験

・その知識は実際に必要だったか?という、ごく短い期間でのフィードバック

・「古い知識や知見を元に、新しい知見を創出する」という経験

・レポート・論文を書く際の文章構成力、論旨整理力、語彙力

・論文を書く際の、資料の検索の経験

・論文を書く際の、「出典を明示する」経験、引用・出典の重要性

・論文を書く為に人が書いた論文を読む、という経験

・書籍のタイトルから、自分の必要としていそうな内容を適当に推理する技術

・上記に由来する、難解な文章から必要な情報だけを短時間で引っ張り出す技術

・レポートを書く際、「教授は学生に何を書かせることを望んでいるのか?」という、相手の意図を読み解く経験

・「更にその上を行く為にはどうすればいいか?」という、相手の隠れた希求を推理する経験

・評価基準が明確でない中での、自分の評価を高くする為にはどうするべきか、ということを推測する経験

・評価を得やすい講義はどれか?といった情報を得る為の、情報探索・情報取得の経験

・場合によっては、上記から得られる人間関係・ネットワーク構成の経験

・有用なノート・メモの取り方

・「持ち込みアリ」の試験に臨む際の、有用な資料を用意するという技術

・質問することを通じて自分をプレゼンする、という経験

・その他豊富なプレゼン及び議論の経験(受ける授業にもよる)

・授業を受ける為に必要な、タイムマネジメントの方法

・難易度が高い講義をなんとか潜り抜ける為の手の抜き方

盛りだくさん。ざっと思いついた分だけですので、多分他にも細かいところは色々あったと思います。で、上で得られたことの3分の2以上は、社会に出てからも実地で役立っています。

 

多分大学によってというよりは、選択した授業、教授や講師によって違うのだと思いますが、少なくとも私が通っていた頃は、上のようなことは「ごく自然に求められる」というくらい講義のレベルは高かったです。

その一方、ついていかなきゃついていかないでなんとかなる講義も色々あったので、適宜手を抜いたりもしていました。

 

東大の凄さを感じた点の一つとして、「予算があるだけに、資料がものすっげえ豊富」というものもありました。何か「この研究資料欲しいなー」と思ったとして、それが図書館どころではなく、研究室付随の書架に普通にあるのです。

私が選んだ専攻は「国語学」という分野でして、奈良〜平安時代の書物、特に鑑真渡来についての資料を研究するのが私のテーマでした。「なんでこんな文献が研究室にあるんだよ」と思わずつぶやいてしまうくらい、資料は充実していたことを覚えています。

大学の人間関係で得られること

別に人脈とかおおげさな話でもないんですが、何しろ周囲に「自分より頭のいいヤツ」しかいないので、その点見識は広まりました。真面目な話をするにも、バカ話をするにも、とにかくやたらめったら回転が早いのです。

「世の中にはこんなにすごいヤツがいるのか!」と何度も何度も感嘆させられる中で、自分に対する評価はある程度適正なところで収まったと思います。

正直高校のレベルはそこまで高くなかったので、大学での経験がなければ自分の知的レベルについて勘違いしたままだったかも知れません。ありがたいことです。

大学は、「自分と同等かそれ以上の知的レベルの人たちと、仕事抜きで接することが出来る最後の機会」ですので、大学で色んな友人関係が持てたことは本当に幸いだったと思います。

一方、単純に法曹やメディアなど、色んな業界に行っている知人が増えたので、他業界についての知見が得やすくなったことも間違いありません。中には、大学やめてインド行ったりプロ雀士になったりと、変わったルートを歩む知人も多かったので、その点も面白かったところです。

大学を卒業することで得られること

要するに学歴の話です。

学歴は単なるラベルであって、「場合によっては利用すると便利」という程度のアイテムです。全体として、「学歴だけで通用する社会ではなくなった」というのは間違いないでしょう。

とはいえ、現代社会で学歴の意味が無くなったか?というと全くそういうことはありませんし、フィールドを選べば利用価値はまだまだ大きいと思います。

 

私の場合、転職を1回経験しているのですが、一社目・二社目とも、大学の名前でかなり下駄を履かせて頂いた側面はありました。

課題達成能力、ある程度の作業に対する免疫、ある程度の集中力と忍耐力、ある程度の目標設定能力、その辺については「入試をくぐり抜けたこと」が保証してくれる部分ではあるので、能力を測る上での参考にはなるのでしょう。

ただ、学歴には「相手に過剰な期待を持たせてしまう」という副作用もありまして、自分の得意分野と全く異なるところでも「お前東大卒なんだからこれくらい出来るだろ」とか無茶ぶりをされてしまう場合もありますので、不要な時は学歴を伏せていたりもしました。

ということで、ざっと書いて参りました。

ちょっと変な話、私には「ネットで自分の属性を表明することへの恐怖感」みたいなものがありまして、今まであんまり大学の話とかはしていなかったのですが。30台も後半になりまして、いい加減気にしなくてもいいかと思うようになりましたので、ぼちぼちその辺の話も書いていこうかなーと思います。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

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著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

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