仕事がない、というのは怖い事である。

経営者にとって、現場のスタッフに何もさせないで遊ばせているのは、毎月の給与をドブに捨てているような気分になるだろうし、運転資金が入らないのだから、会社の存続も怪しくなってくる。

さらに、その不安は現場のスタッフ達にも伝わって、「この会社は大丈夫だろうか」と中年の社員を中心に重い空気が会社中に広がる。

営業や経営者と違って、彼らは止まった生産ラインを磨くとか、Illustratorの白紙カンバスの上でカーソルをグルグルするしかやることがないので、不安のはけ口もない。

 

こういった「仕事がない」恐怖を知っている経営者はとかく仕事を入れたがるようになる。

ある程度仕事が詰まっている場合でも、その仕事が終わってしまってスタッフが遊んでしまうのではないか、と考えて、とにかく営業の尻を叩き続ける。もはやスケジュールの重複など二の次で、何でもいいから受注しよう、となった挙句、採算のとれない仕事までする羽目になってしまったりする。

これは現場のスタッフでも同じことで、「仕事が無い」恐怖をしっているスタッフは、とにかく仕事を抱えたがる。自分ができる限度以上の仕事を受け持ってしまって、深夜残業の毎日を送り、最後には大量の仕事を残してぱったり倒れてしまったりする。

 

営業がどんな仕事でも受注して、スタッフの前には膨大な仕事が積まれ、毎日忙しいという状態は、見た目上、稼働率が上がって会社にとって良い事のようにも思える。しかし、クリエイティブワーク(に限らないかもしれないが)の場合はそう単純な話ではなく、実際にはちょうど良い忙しさというのがある。

 

とある昔のゲームクリエイターが雑誌に

「だいたいマスターアップ(納品)の一ヶ月前にリリースできる水準には持っていく。残った一ヶ月で本来自分がやりたかったことを実装したり、グラフィックのアラを直したりしてよりおもしろいゲームに仕立てる。こうした時間がゲーム開発には非常に大切だ」

というような意味のようなことを書いていた。

 

クリエイターというのは基本的に凝り性である。なので、リリースできる水準になった所で、時間が余ったりすれば、じゃあ、後は納期まで一日中のんびりWebでも見ていようか、とはあまりならない(そういうクリエイターが存在する事を否定はしないが)

彼らは余った時間をクオリティのアップやチェックに使って、とにかく「作品」の細部を詰める。また余った時間を勉強会やハンズオンでの新人の教育に使ったりする。

そうして育った新人はさらに生産性が上がり、クオリティの高い仕事をするようになるのである。つまり、現場においては、時間の余裕というのがクオリティの向上と人材育成に直結するのである。

 

一方、ある種の経営者や営業にとって、仕事をとって、売上の額面を上げる事が絶対善であり、ちょうど良い仕事量や現場の成長という概念はすっぽり抜けていることが多い。

言うなれば、現場というものを直視せずに、仕事を放り込めば、それだけの売上を稼いでくれる「装置」と見ているのである。

残業代をしっかり払っている会社であれば、残業代というファクターが原価を押し上げることになるので、ある意味定量的に「ちょうど良い忙しさ」を判別でき、受注の歯止めが効くのかもしれないが、残業が慢性化している会社や、何らかの事情で、(違法、合法含めて)残業代を払っていない会社はこのような定量的なアプローチができない。

 

結果、何でもいいから受注しよう、となってしまって、現場はブラック化し、離職率は上がり、それによってさらに納品物のクオリティが下がる。結果、その会社はクライアントから「何でも引き受けてくれるが、品質の悪い会社」と見なされることになる。

一度、こうなってしまうと、どれだけ頑張ろうと、期間や予算が潤沢に確保できる「美味しい」仕事がまわってくることはなくなってしまう。こうした会社は、クライアントにとって体のいい「奴隷」であり、連休前日の17時に「これ、連休明けの朝までにやっといて」みたいな扱いを受けることになるのである。

 

こうした悪循環に陥った制作会社は結構あるように思う。

こうなってしまってからスタッフにクオリティを上げろ、と叱責したり、採用経費をかけてスタッフを増員しても間に合わないことが多い。

採用経費分だけ、余計に仕事を取らなければならないし、彼らが作業に習熟する時間もとれない。「ちょうど良い」仕事量の感覚がつかめていないので、繁忙期になる度に熟練のスタッフが離職してしまったりして、結局は元の黙阿弥になってしまうのである。

長時間労働はスタッフだけでなく会社全体に毒のようにまわっていき、最終的には経営上の悪条件をもたらすのである。

 

では、「ちょうど良い」仕事量を知るには、どうすれば良いだろうか?

まず、経営者は残業代をキチンと払って原価率や労働分配率を正確に知らなければならない。そして納品して、請求した売上が入った時点で安心するのではなく、現場の空気や納品物をしっかり見ている必要がある。例えばこんな事だ。

  • 新人が楽しそうに仕事をしているか
  • 納品物が想像よりもいい出来になっているか(クライアントの反応が良いか)
  • 納品物(製品)にデザイン上のアラがなくなっているか(隙がないか)
  • 納品後に不具合が露見するなど、品質が低下している予兆がないか

こういう事を見ていれば、ある程度、現場の状態や能力というのは推測できる。

どういう立場であろうが、現場の状態とは会社にとっての成長の源泉であり基本である。また、現場が正常に稼働し、納品物のクオリティが上がれば、長期的には単価を上げていくことさえ可能だろう。

 

もし、会社がこのような悪循環に陥っていると感じているのであれば、現場や納品物に目を配り、売上という単純な指標に捕らわれずに今一度仕事量やその内容を見直してみてはいかがだろうか?

 

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著者名:megamouth

文学、音楽活動、大学中退を経て、流れ流れてWeb業界に至った流浪のプログラマ。

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