SNSで回ってきたエントリーを読んで、
「ああ、まさしくそのとおりだな」
と同意した。
出世はコスパが悪い(さようなら、憂鬱な木曜日)
おそらく私が生まれる前は、「会社に入ったら出世を目指すのが当たり前」という風潮があったように思う。それこそ、「課長 島耕作」に代表されるように、「出世こそ男のロマン」という時代の印象だ。
しかし、今の私たちの世代では、「出世だけが人生じゃない」というムードが大いに広まってきているように感じる。実際、私の同期の中でも、「出世したい」と言う人間はほとんどおらず、「出世したくないよね」という人間の方が多い(真意はわからないけれど…)。
年に何度か流れてくるニュースでも、若者の半数以上が出世に興味がない、というアンケート結果が報道されている。
上のように、出世と生活の充実度はトレードオフの関係にあると考えている人は結構多い。だから「出世はコスパが悪い」と言われる。
もちろん、「生活を充実させたいなら、出世しなければならない」と、逆の考え方をする人もいる。
だが、そう言った人はそれほど多くはないだろう。
なぜなら、以下の2点が「出世はコスパが悪い」と感じさせるに十分な理由を提供しているからだ。
・出世しなくてもとりあえずは食べていける
・頑張って収入を増やしても生活はそれほど変わらない
出世しなくてもとりあえずは食べていける
まず、国際的に見て今はまだ日本は「普通の国」である。少なくとも貧しくはない。
実際、日本の貧困の多くは「絶対的貧困」ではない。
世界銀行は、2015年10月に国際貧困ラインを2011年の購買力平価(PPP)に基づき1日1.90ドルと設定、これは年換算で365日693.5ドル・366日695.4ドル(Wikipedia)
日本における貧困は、「多くの日本人と比べて」の貧困である。だから、多くの人は出世を望まなくても、普通に暮らせるのである。
そういう状態では「もっと、もっと、欲しい」とはならない。
焼け跡に住み、食うや食わずの生活をしていた戦後の日本人のメンタリティはそうではなかった。
アメリカから流れてくる情報を見ながら「あんな生活がしたい」「お金がほしい」と強く願った人は多いはずである。
例えば、私の母は戦後の1949年生まれだが、1939年に制作された「オズの魔法使」というアメリカ映画を見て、「ショックを受けた」と話していた。
今では信じられないが、あの頃、日本はまさに「憧れの、欧米の生活水準に追いつきたい」というシンプルな目標を、国民全体で共有していたのである。
池上彰氏は著書の中で、こう指摘している。
テレビが普及すると、アメリカのホームドラマが放映されるようになりました。電気冷蔵庫や洗濯機、自家用車のある二階建ての広々とした家に、アメリカ社会の圧倒的な豊かさを思い知らされました。
日本人は、ブラウン管の中のアメリカ人の暮らしぶりに憧れ、高度成長期を迎えると、お手本として真似るようになったのです。*1
いま、我々に国民全体に共有される「ドリーム」はあるだろうか?
何もない。
大半を占めるのは、老後に怯える中高年と、冷めきった若者たちだ。
頑張って収入を増やしても生活はそれほど変わらない
そもそも、日本は従業員と経営者、管理職の賃金の差が比較的小さい、「平等な世界」である。
大きな成果を出しても「給与」に大きく差がつくようには制度自体が設計されていない。
さらに、追い打ちをかけるのが「税金」である。その影響で、頑張って収入を増やしても、影響は小さく抑えられる。
年収400万円 ⇒ 手取り319.9万円
年収500万円 ⇒ 手取り395.1万円
年収600万円 ⇒ 手取り468.7万円
年収700万円 ⇒ 手取り535.5万円
年収800万円 ⇒ 手取り600.8万円
(参考URL:http://heikinnenshu.jp/tokushu/tedori.html)
だから、冒頭のブログの著者の主張にある通り、年収600万の人が年収700万円になったとしてどの程度生活が変わるか、といえば、ほとんど変化はない。
例えば30歳で年収約500万円の人が、頑張って社内競争を勝ち抜き50歳でついに部長になったとする。年収800万円になった。
では手取りはどれほど変化するのか。
増えるのは手取りで年間200万円ほどであるから、月額にすればちがいは17万円程度だ。
ちなみに、年収1000万円であっても手取りは330万円、月額は27万円ほど増えるに過ぎない。
わずか月17万円の手取りを増やすために、なれるかどうかもわからない、部長への昇進競争に身を投じるか、と言われれば判断に迷う人は多いだろう。
「成功したサラリーマンである」とのささやかな満足は得られるかもしれないが、ちょっといいマンションに住んで、ちょっといいところに食事をしに行けば、手元にはほとんどお金は残らない。
確かに、月に17万円を多く稼ぐために、「部長になれるほどの献身を会社に注ぐ」のは、「コスパの悪い」話であると考える人がいるのは全く不思議ではない。
余談だが、これが「副業」であれば、多少話は違う。
例えば月に17万円を売り上げた場合、その殆どを「自分で使うことができる」可能性がある。何故ならば給与とちがい「経費」が認められているからだ。
仕事に必要とされるパソコン、交通費、交際費、家賃、電気代、ガス代……そういったものを全て売上から引いた上で、残った利益に対して課税されるので、売上は17万円、経費17万円で、利益が出ていないので税金はゼロ、ということもある。
だが、会社員は頑張って出世すると、税金や社会保険の負担が格段に上がる。
「給料は上がったけど、思ったより手取りは増えないなあ……」と、感じたことがある人は多いのではないだろうか。
話を元に戻そう。
結局のところ、「会社員として頑張ろう」というインセンティブが働きにくくなっているのが、現在の世の中だ。
「出世」にドリームを感じる人が少ないのも十分にうなずける話である。
ドリームは「面白い仕事」にしか残されていない
では一体何が目標になり得るのか?
高度な知識社会においては、それは究極的には「面白い仕事」と「尊厳」に収斂するだろう。
面白い仕事、人から尊敬される仕事、世の中にインパクトのある仕事、誇りを持てる仕事、そういった「人生の質を高める仕事」ができるかどうか、そういった無形のものに人はインセンティブを感じるようになる。
NPO、NGOなどに人生を投じる人は「金ではない」と常に言う。(例外もある)
実際、仕事が面白いと、生活と仕事を分離して考えるようにはならない。
「生活の充実は、仕事の充実が不可欠である」と考えるようになる。
余談だが、ワークライフバランス、という言葉は「仕事が面白くて仕方のない人」からはそれほど発される言葉ではない。
ほとんどの場合は「面白くもないことを、仕事だから仕方なくしている」から、ワークと、ライフを分割しなければ人生が苦痛で仕方がない人から発されるのである。
しかし、仮に「ワーク」から開放されて労働時間が減り、1日に6時間しか働かなくても十分なお金が手に入るとしても、余った時間を無為に過ごすだけでは、幸福度は少しもあがらないだろう。
そこには「面白さ」も「尊厳」も無いからである。
ピーター・ドラッカーの指摘「賃金では尊厳は得られない」
結局、「出世はコスパが悪い」と考えている従業員に「評価を下げるぞ」とどやしつけても、
昔と違い、「どうぞ」で済んでしまう。
実際、「つまらない仕事を大量の押し付ける上司」の下では、人は会社に定着しない。
経歴に傷がつこうが、転職したら年収がダウンしようが、生活のレベルは大して変わらないのであるから、さっさと転職するが吉、というのは合理的である。
ピーター・ドラッカーはかなり前に、すでにこの指摘をしている。
平の工員であるかぎり、仕事に意味を見出すことは不可能である。特に自動車産業では、殆どの者にとって、仕事の意味は仕事や製品ではなく、賃金にしか見いだせない。
仕事は賃金をもらうための面白くもおかしくもない労働である。尊厳もなければ意義もない。当然仕事はいいかげんとなる。働かずに済ますことばかり考える。つまるところ本人が不満になり不幸になる。
賃金では尊厳は得られない。*2
だが、ドラッカーは一方でこんな指摘もしている。
極めて多くの経営幹部が戦時生産のおかげで、人は仕事に誇りを持つとき成長することを知った。
同時に戦前においては、人が仕事の意味付けを必要とすることを知らず、そのための方策を見出す努力をしていなかったことを覚った。
経営者が「面白い仕事をさせること」を目的としない限り、「出世はコスパが悪い」と言われて終了である。
したがって、現状の人事制度は「出世」と「お金」の配分をすることを目的に作られているが、本当は「質の高い、おもしろい仕事の配分」に使われなくてはならない。
おそらく今後、多くの会社において「従業員向けのマーケティング」という仕事が出てくるだろう。
実際、メディアでの露出を「社員向けにやってます」という人も多い。
実はそれは、「私には価値がある」と従業員に思ってもらう会社を作り、人材を集める大事な仕事である。
*2
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