昔の話。

コンサルタントは他の会社に入って仕事をする。

そして、疎まれる時もある一方で、近寄ってくる人もいる。

 

そして、仕事は疎まれる方がむしろ楽である。

なぜなら、近寄ってくる人との接し方が難しいからだ。

特に

「◯◯さんは、社長の方針に反対みたいですよ」とか、

「◯◯さんは、最近やる気ありませんね。」とか、誰かのウワサまがいの話は、その話をどう扱うかが難しい。

 

この人達は非常に話がうまい。

「会社のためになると思って」とか「その人の成長のため」とか、いろいろな理由をつけてタレこんでくれるので、話に結構な説得力がある。

が、チクられる側からすると、「そんなことを言ったつもりはない」と、話が食い違う。

 

そのうち、誰を信じてよいのかわからなくなる。

私は困っていた。

 

*****

 

私がその経営者に出会ったのは、もう何年も前のことだ。

 

経営者と部課長たちが参加する管理職会議に、私も出席していた。

会議が終わり、経営者と私が昼食を一緒に採るために外出した時のこと、一人の課長が

「私も一緒に行きます」と、同行してきた。

 

余談だが、彼はまさに「近寄ってくる」タイプの人物であり、社長のご機嫌をとることに余念がなかった。

 

だがそれは無理からぬ事だと思う。

経営者に信用されている部外者、例えば顧問弁護士や社外取締役などは、実は怖い存在だ。というのも、いつ経営者に自分の良からぬ話を告げ口されるかもしれないからだ。

私だって、出世がかかっている場でそんな人がいたら、媚を売るかもしれない。会社とはそういう場所だ。

 

ともあれ、その課長の同席のもと、我々は昼食をとった。

その席上で、課長は経営者に何気なく言った。

 

「◯◯課長と、◯◯課長は、先日の人事について、とても納得感があると言ってましたよ。」

経営者は

「そうか……」と言ったきり、何も言わなかった。

 

課長は経営者が何も言わないことを気にしてか、続けて言った。

「あ、でも◯◯課長はちょっと不満気でした。」

経営者は再度、「そうか。」と言った。

 

昼食後、私は経営者と会社に戻り、午後の会議に備えていた。

私は経営者に聞いた。

「さっきの方が言ったこと、本当なんですかね。」

経営者は言った。

「本当かどうかはわからない。が、「彼がそう思っている」のは事実だろう。」

「彼がそう思っている……とは?」

「彼が言っていたことは、彼のフィルタを通して見えた世界であり、事実とは異なるということだよ。」

「彼のことが信用できない、ということでしょうか。」

 

彼は少し考えて言った。

「そうではない。だが、経営者は、軽々しく人を信じてはいけない。」

「普通に言われていることと逆ですね。」

「経営者は忙しい。だから「わかりやすい話」や「自分に都合の良い話」を信じてしまいたくなるんだ。」

「なるほど」

「社員のするどんな話でも、彼らの都合と偏見が入るものだ。」

 

*****

 

その後、その経営者をよく観察すると、彼はどんな話でも信じる前にかならず裏を取っていることがわかった。

数字や目標の進捗、行動を彼らの言動と突き合わせた。

 

気になる発言は、少なくとも4人以上から意見を聞き、話が立体的に見えるようにしていた。

そして、特に彼が気にしていたのは、誰がどのような価値観を持っているか、だれが誰のことを嫌いで、誰が誰に好感をもっているかだった。

 

「とにかく、事実が集まるまで、できるだけ「決めつけや評価を留保する」ことが重要だ。」

と、その経営者は言っていた。

「レッテル貼り」とは真逆を行く、その経営者のやっていたことは基本技術である「ヒアリング技術」の向上に非常に役立ったのである。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

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