先日、とある伝統工芸の職人さんとお話する機会がありました。

しんざきは宮城県にルーツを持っていまして、ちょこちょこ向こうの人と飲んだり、お話をしたりすることがあります。その時は、宮城のとある温泉街の、伝統的な人形玩具の職人さんと色々お話しました。

 

で、その時、「高齢化による後継者不足」の話になりました。

最近、色んな業界で聞きますよね。後継者不足の話。業種によって理由は色々、状況も色々だと思うんですが、直近だとホタテ漁の話と、刀匠の話がそれぞれwebでも話題になっていたと思います。

“刀剣ブーム”の裏で深刻な刀匠の後継者不足 「二次元」とのコラボで活路

 日本一豊かなホタテの村も人手不足で四苦八苦、オホーツク沿岸の猿払

 で、上記ケースは2件とも、人手不足なのに高い給与が出せない、あるいは高い給与を出していないということで、それぞれwebでも議論になっていました。

 

ホタテ漁の件では、

それでも移住実績はゼロ。伊藤浩一村長(57)は都会との収入格差が障害だと話す。

ある40歳代の男性は500600万円の年収を希望していたが、見合った就労先はなく、畜産振興公社の年収300400万円の商品開発の仕事を打診したものの話は進んでいないという。

村長は「それほど収入がなくても十分暮らしていけるのだが」と嘆く。 

刀匠の件では、

 「刀匠になるには、刀鍛冶のもとで5年以上の修行が必要となり、しかも完全な無給。なので、一度社会に出てお金を貯めるなり、家族のサポートがないと修行を続けるのは難しい」

この辺の記述が目を引きます。

 

まあ、個別の案件には個別の事情があるもので、給与出せてたら採算が取れないとか、刀匠の見習いはそもそも住み込みの弟子に近く一般的なビジネスと同一視出来ないとか、各論としては色んな事情があると思うんです。そこに踏み込む気はあんまりないんです。

 

で、話は最初の職人さんの件に戻ります。

今回私が直接聞いた「後継者不足」のケース、実は殆ど同じ内容の話を、これまでに2回聞いています。ケース数だけ言うとたった3ケースなんですが、共通している要素が余りに多いので、これもしかすると割と広範な話なんじゃねえかと思って紹介してみます。

 

その時私は、都内の某水産系飲み屋でその方とお話していました。

最初の内は、土地柄の話や温泉宿の話であーだこーだ言っていたんですが、その内「若い人がいなくて、後継ぎが見つからない。どこも高齢化してきているし、困っている」という話になったんです。

 

「跡継ぎ候補で働く人を募集したりとかしないんですか?」と聞いてみました。

「一応してるんだけどねえ、給料安いとかで、なかなか若い子が来てくれないんだよねえ。田舎だしなあ」

「やっぱ、高い給与出すのは厳しいんですか」

「いやあ出せないことはないんだけど、お金目当ての人が来ちゃうのもなあ」

 

ん?と、ちょっと違和感を感じました。つい5秒程前、「給料安い」という理由が出たばっかりだと思うんですが、「お金目当ての人」というのはどういう話なんでしょう。

 

「単に給料上げちゃうとさ、その給料目当ての人が来ちゃうじゃない。最終的に、雇われじゃなくて自分でやってくとなると苦しいことも色々あるしさ、そういう時に続かなかったら結局意味ないしさ」

「うーん、そういうもんですかね?」

「あとまあ、うちだけ高い給料出しちゃうと抜け駆けみたいになっちゃうってこともあるんだけどね」

 

こんな会話でした。

この時は、特にこれが話の目的でもなかったんで、なんとなく上記の話題はうやむやに終わったんですが。

これ、他2例で似たような話を聞いたと書いたんですが、共通する部分として、

 

・あまり給料を上げるとお金目当ての人が来てしまう

・自分たちだけ抜け駆けみたいに給料を上げられない

 

という点が挙げられます。

いやこれ、この言葉を額面通りに受け取っていいのかは分かんないんです。実際には、単に収支的に苦しくて良い給料を提示出来ないところ、ちょっとした見栄や認知バイアスで、「お金目当ての人」という理由を後付けしている、という可能性も勿論あります。

 

ただ、敢えて額面通りに受け取った上で私の考えを述べると、「無償のやる気信仰」みたいなものがどこかにあって、それが変な影響を及ぼしている可能性はそれなりにあるんじゃないかなあと思っています。

 

「お金目当ての人」を忌避するっていうことは、つまり「安い給与でも頑張って働いてくれる人」を望んでいる、その方が優れている、あるいは長く続くと思っているということですよね。

安い給与でも敢えてやるっていう人は、それはよほどその仕事が好きなんだ、やりたいんだろう、と。となれば仕事が苦しくっても続けてくれるだろう、と。なるほど、理屈は分からないでもないです。

 

究極的には、給与の高い安いを越えて、「「ただでもいいからその仕事をしたい」っていうくらい熱意ややる気がある人」を求めている、ってことなんだと思うんです。

けどそれってなんか違うんじゃねえかなあ、と。本当に「無償のやる気」は「有償のやる気」に勝るのかなあ、と。

 

私が好きな漫画で、らーめん才遊記っていう料理漫画がありまして。その登場キャラである芹沢達也っていうキャラクターが、とてもいい味出してるんですが、彼のセリフでこんなのがあるんですよ。ちょっと引用させてください。

「「金を払う」とは仕事に責任を負わせること、「金を貰う」とは仕事に責任を負うことだ。金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる」

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金の介在しない仕事っていっても色々あるので、絶対に無責任なものになるかは賛否あるかとは思いますが、私、基本的にはこの発言に賛成でして。お金を貰うことによる責任、お金を貰うことによるやる気って、凄く大事だと思うんですよ。

 

まず何より、報酬ってモチベーションに直結します。

適切な報酬が出るからには、きちんとその仕事をやり遂げないといけないし、その仕事を存続させる為にも頑張らないと、って気にやっぱりなります。

損得勘定から言っても、「ちゃんと稼げる仕事」は長く続けたいですし、そうなるとその仕事を回す、存続させる為には何をすればいいのかって自分でちゃんと考えることになると思うんですよ。

 

誰だって、待遇がよくて満足出来る仕事は長く続けたいと思うし、そうでなければ仕事なくなってもいいなあと思うもんじゃないでしょうか。現実問題、ちゃんとお金貰わないと人生やっていけないですしね。

 

なんか、「お金目当て」って言葉、それだけでなーんとなくいやな響きを感じてしまいがちですが、本来全然悪い言葉じゃないと思うんですよ。報酬でやる気が出るのは当然です。報酬の為に仕事を頑張るのであれば、それが一体何で悪いんですか?って話です。

 

ただ、そこに何か、考え方のギャップがある人というか、ギャップがある世代がある気がするんですね。

もし仮に、収支とはまた別の問題で「無償のやる気」「薄給でも仕事を好きになってくれる気概」を望むような傾向が、特に伝統工芸を担ってきた高齢者の間に広範にあるんだとしたら。

「お金目当て」という言葉を無条件で悪い意味にとっちゃう人が多いとしたら、そのギャップって伝統工芸を始めとする色んな産業を滅ぼしかねないんじゃないかなあ、と。

 

たった3件の観測例で語るのも恐縮なんですが、そういう危機感を覚えたので書かせて頂きました。

願わくば、色んな業界で、「適切な報酬」と「適切なモチベーション」が、ごく当然に見られるようになって欲しいなあと思った次第です。

 

長くなりましたが、今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください

(2025/6/2更新)

 

【プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

 

(Photo:Joan Valls