昔、仕事の技術として、「議論の負け方」について教えてもらったことがあります。
といっても、
「議論に負けるときには〇〇に注意しなさい」
といった、ディスカッションの注意事項に関する話ではありません。
この話は「議論するときには、うまく相手に花を持たせなさい」という話です。
でも、いったいなぜ、こんな技術が必要なのでしょう。
それは、端的に言うと、
「基本的に、人は(自分が一番と思っているので)教わりたくない、知識をひけらかすヤツを敵視する」
からです。
例えば、コンサルタントとして私が教わったことの一つに、「知っていても、知らないふりをせよ」という技術がありました。
知らないふりをして困ることなんか一切ない。知ったかぶりよりも知らないふり。知っていても簡単に話さない。これが対人系の仕事の鉄則なんだよ。
これは「お客さんに花を持たせる技術」と呼んでも良いでしょう。
こうしたことに無頓着だと、しまいには敵視されます。
知識レベルに格差がありすぎると「普通に話しているだけ」なのに相手にとっては「バカにされている」ように感じる
例えばあなたがシステムに疎い場合、「情シス」の人たちの説明が、「妙に上から目線だ」と感じたことはないだろうか。
病院に行ったとき、無愛想な医者が「上から目線だ」と感じたことはないだろうか。
学者の講演が「上から目線だ」と感じたことはないだろうか。
事実として、知識レベルに格差がありすぎると「普通に話しているだけ」なのに相手にとっては「バカにされている」ように感じることは多く見られる現象である。
特に私が就いていたコンサルタントという職業は、嫌われないように「爪を隠しつつ」、「必要な知識をお客さんに伝達する」という、ちょっと面倒な対人技術が要求される仕事でもありました。
いかにコンサルタントとしての知識を蓄えていても、お客さんに敵視されれば、その時点でプロ失格なのです。
頭の良い人は、議論に上手に負ける。
したがって、これは一種の、人心掌握術であり、「優秀で頭が良い人物ほど、議論に上手に負ける技術」に優れていました。
例えば、お客さんから
「360度評価(被評価者を部下や同僚も含めた様々な人が評価する制度)って、有効なの?」
と聞かれた時。
コンサルタントは「有効に機能するときもあります。人は、欠点を指摘されないと成長しないので。」と答えました。
すると、お客さんは「でも、管理職は好かれようとして、部下にはっきり言えなくなるよね?」と、反論してきました。
しかし、コンサルタントは、「部下に好かれようとする上司ほど、逆に部下から評価されない」と知っていました。
そのような研究も実際にあり、伝えることもできます。
ですから、「そんなことはありません。データもあります。」と、反論を潰すことも可能でした。
しかし、お客さんと議論し、それをはっきり伝えても、お客さんが納得するかどうかはわかりません。
また、人間は感情で判断をします。
実際、エビデンスや研究は、あまり説得の材料になりません。
そこでコンサルタントは、、いったん「負け」て、お客さんの感情に寄り添う事にし、こう答えました。
「そうですね、はっきり言えなくなるのは心配ですね。おっしゃる通りだと思います。」
お客さんは、「難しいねえ」と言います。
しかし、コンサルタントは少し付け加えました。
「部下から好かれようとして、はっきり言えなさそうな管理職って、御社だと誰ですかね?」
と聞きました。
お客さんはしばらく考えていましたが、
「ウチにはいないかな。そういう人を管理職にはしないから。」と言いました。
コンサルタントは、
「そうですか、であれば、360度評価は御社であれば、使えるかもしれませんね。」
と言いました。
すると、お客さんは
「うちなら大丈夫かな。ありがとう。」
と、得意げに言いました。
現場では、議論に勝つ必要が全くない
上の話では、このコンサルタントは「議論に勝つ」ことを、まったく必要だと思っていません。
本当に、必要がないのです。
逆に、必要なのは、「お客さんが自分で考え、納得して動く」ことであって、自分がいくら負けようと、最終的にそれでよい、と思っているのです。
だから、彼らは優秀であるほど、「はい、論破」の無意味さを知っています。
テレビやネットで「はい、論破」コンテンツは、人気がありますが、実は現場では、ほとんど意味がない。
むしろ、論破などしようものなら、協力関係に亀裂が入るので、あれは「単なるエンタテインメント、マネしてはいけません」と、教わるはずです。
実際に現場で動かなければならない人
汗をかかねばならない人
手を動かす人
彼らに花を持たせて実効性を担保し、当事者ではないコンサルタントは「議論での負け」を引き受ける。
これは、あらゆる場所で使える技術です。
そして、これが、真の意味で「議論の技術」ではないかと、私は思うのです。
(2024/4/21更新)
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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