「多様性があると強くなる」というのは、よく聞く話だ。

 

たとえば犬は、雑種のほうが病気に強いと言われる。

血が混ざっているから、各犬種にかかりやすい病気や遺伝性疾患への耐性が高いらしい。なるほど。

 

でもその理論が、人間の集団にも適応されるのには、正直ちょっと疑問をもっていた。

 

「企業の経営陣に女性を入れるべき、多様性があるほうが企業が成長する」

「いろんな年代の選手が活躍するスポーツチームには活気がある」

というような。

 

そりゃまぁ、男女平等の観点で言えば女性もいたほうがいいし、チーム内の新陳代謝の話であれば、さまざまな経歴の選手がいたほうがいい。それはまちがいない。

 

でも、女性が経営陣にいるだけでそんなに企業に利益をもたらすのだろうか。

結果を出せるなら、若手だけ、ベテランだけでも別にいいんじゃないだろうか。

 

集団における多様性が利益をもたらすっていうのが、いまいちピンとこないんだよなぁ。

……と懐疑的だったわたしだが、「多様性がある集団は強い論」の根拠が、ようやくわかった。

多様性はプラスをもたらすのではなく、マイナスを減らすために必要なのだ。

 

超一流のCIAはなぜテロを防げなかったのか

突然だが、みなさんはCIAをご存知だろうか。

アメリカ国外の情報を収集する中央情報局で、言わずと知れたエリート集団。ちなみに、名探偵コナンの水無怜奈が所属している組織だ。

 

日本ではあまり話題になっていなかったが、9.11のテロ後、アメリカ国内では「CIAはなにをやっていたんだ」という批判が多くあったらしい。まぁ、海外からの危険を把握するのが仕事だからね。

ではCIAは、同時多発テロを起こしたアルカイダの指導者、オサマ・ビンラディンのことを把握していなかったのだろうか。

 

いや、把握はしていた。

が、「危険視」はしていなかったそうだ。

 

長いあごひげを蓄え、質素な服を着て洞窟に住むオサマ・ビンラディンについて、テロ以前のCIAは、こう思っていたらしい。

クリントン政権下で主要な外交ポストを歴任したリチャード・ホルブルックはこう言った。「世界をリードする情報大国との戦いに、洞窟の男がどうやって勝とうというのか」。CIAに近い筋の専門家もこう言った。「洞窟に住んでいるようなビンラディンやアルカイダについて、国の資金や人員を投入してさらに詳しく調査しようとはとても思えませんでした。CIAにとってビンラディンは時代錯誤な存在でしかなかったのです」
出典:『多様性の科学』

しかし実は、彼の身なりや生活は、預言者の聖なる姿に重なるように意図的に演出されたものだったのだ。

 

イスラム教の預言者であるムハンマドは、多神教からの迫害を受けて洞窟に逃れた。

CIAが「原始的」だと思ったビンラディンの洞窟生活は、ムスリムにとって大きな意味を持つのである。

 

また、彼らが声明文を詩という形式で発表するのも、CAIにとっては不可解だった。

しかしイスラム文化において、詩は主要な要素のひとつ。それをわかっていなかった。

 

CIAの職員のほとんどは、アングロサクソン系の中・上流階級出身で、大卒の男性。

1998年時点、アフガニスタンの主要言語であるパシュトー語を話す捜査官はひとりもいなかったし、ムスリムなんていないも同然だったという。

 

だからCIAは、「洞窟のあごひげ男」の存在を知っておきながら、その危険性を十分に把握できていなかったらしい。

これは決して白人・プロテスタントのアメリカ人男性への批判ではない。どれだけ優秀でも、同じ特徴の者ばかりを集めた多様性に欠けるチームでは、集合知を得られず高いパフォーマンスを発揮できないという話だ。(……)
CIAの職員は個人個人で見れば高い洞察力を備えているが、集団で見ると盲目だ。そしてこのパラドックスの中にこそ、多様性の大切さが浮かび上がってくる。
出典:『多様性の科学』

たとえめちゃくちゃ優秀な捜査官が集まっていても、同じ特徴の人だけが集まれば、盲点もまた共有してしまうという、当たり前の話だ。

 

いろんな人がいるだけでは多様性のメリットはいかせない

画一的な集団では、集合知を得られず死角が生まれる。

……というとなんだかむずかしく聞こえるが、要は「類友だけだと詰む」。

 

Aさんが知っていることはBさんも知っているし、AさんができることはBさんもできる。

逆に、Aさんが知らないことはBさんも知らないし、AさんができないことはBさんもできない。

 

類友だけの集団で対処できない状況に陥ったら、全員で共倒れだ。

そういった状況にならないようにするためには、守備範囲がかぶっていない人たち、つまり多様な人々がいたほうがいい。

これがきっと、「多様性が集団を強くする」論の根拠なのだ。

 

しかし問題は、似たような人たちといっしょのほうが心地いいという、残念な事実である。

 

現実として、学歴や家庭環境、年収などがある程度似通っている人、共通点が多い人のほうが仲良くしやすい。

もし同じ空間に、世界各国から集まった10人と日本人が10人いたら、やっぱりまず日本人が集まってるところに行くだろう。そういうものだ。

 

類友コミュニティはみんな似たような意見だから心地いいし、団結していいチームだと思い込めるし、なによりラクで楽しいんだよね。

だから基本的に、うまくいっている集団に、あえて異物を入れようとはしない。そして、似たような人がさらに増えていく。

 

一方、「似たような人」の外にいる人も、その場になじむように多数派に合わせたり、多数派の考えに慣れてそちらに流れていくことが多い。

たとえ「女性ならではの視点を」と期待されても、まわりが全員男性で意見が一致しているなか、「でも自分はこう思います!」なんて言える人はなかなかいないもんね。

 

「若手の意見を」と新人が会議に呼ばれても、お偉いさんが提案したアイディアを真向から否定する根性がある人なんて、まずいないだろう。

そうなれば、本来「死角をカバーする」という役割を担う多様性要員も、結果的に「まわりに合わせるイエスマン」になる。環境が、そうしてしまう。

 

ただ「いろんな人がいればいる」だけでは、「死角を減らす」という多様性のメリットはまったくいかされない。

さまざまな人が集まり、お互いの盲点や不得手をフォローしあえる環境があってはじめて、「多様性の強み」が生まれるのだ。

 

多様性のある集団は、心理的安全性があってこそ強くなる

自分の意見を言ってもまわりにバカにされず、罰せられたりすることはない。

だから、思ったことを言っていいんだ。

 

そう思える状態のことを、「心理的安全性」という。

最近よく聞く心理学用語だ。

 

「経験がないくせにわかった口をきくな」
「女が偉そうに」
「外人がいるとやっぱ面倒だな」
「黙っておけばいいのに」
「せっかく意見がまとまったのに協調性がないやつだ」

 

なんていう人がいれば、だれも自分の意見は言えなくなる。

そういう人がおらず、自分の意見を受け止めてもらえる確信があってはじめて、「でもこれはこうじゃないですか?」と言うことができる。

 

多様性には、この心理的安全性がセットで語られるべきなのだ。

多様性がある集団とはつまり、たくさんの少数派がいるということ。

その少数派が肩身の狭い思いをするのなら、それは多様性のある集団として機能していない。

 

そもそも、「多様性のある集団」をつくること自体はかんたんなのだ。

年齢、性別、学歴などを踏まえ、いろいろな立場の人を集めればいいのだから。

 

でも、「多様性がいきる集団」は、また別。

数合わせのために発言権がない女性のお飾り管理職を置いたり、抜擢した若手がプレッシャーでつぶれたりしたら、まるで意味がない。

 

多様性がいきる集団とは、異物同士がぶつからず、同じ空間で共存することなのだから。

 

ちょっとした配慮不足で炎上し、その炎上が時に企業や個人に大打撃を与える時代。

いろんなユーザー、クライアントがいることを踏まえると、死角はないにこしたことはない。

 

だから、「多様性が集団を強くする」はやっぱり事実であり、大切なのは、「死角を埋めあう心理的安全性」なのだ。

ちなみにCIAの例は『多様性の科学』という本から引用するために挙げたものであって、政治的な意図は一切ないです。念のため。

 

 

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【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

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Photo by :UnsplashPapaioannou Kostas