「給料上がらないし、評価されないから適当にやってるの。」と、知人は言った。
「こんなに安い給料で、真面目に仕事やってらんねーよ。」と、若手社員も飲み会で愚痴った。
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友人はそれを聞いて言った。
「なあ、おれ、ああ言うセリフを聞くたびに、なんか違和感があるんだよな。」
「どんな?」
「待遇が悪いから、手を抜いたり、真面目にやらなかったり、って、言うことがさ。」
ふざけて言ってるのかと思ったが、彼は笑っていなかった。
「ふーん、なんで?そう言ってる人、多いと思うけど。」
私が切り返すと、彼は
「多分、そういうことをしていると、自尊心が失われていくというか……ますます「カネで買われている」という気持ちが強くなるんじゃないかな。」
「自尊心。」
「例えばさ、俺、小学校の時、絶対に勝てない勝負をさせられた。」
「何の?」
「リレーのアンカー。クラスの中ではおれが早かったけど、隣りのクラスのやつが、超足早くて。絶対勝てないの知ってた。」
「なるほど」
「先生に言ったんだ、あいつと競争するの嫌だって。絶対勝てないし、勝てなかったらクラスのみんなから責められるの自分だし。。クソみたいな勝負だよ。」
「そうか。」
そして、彼は一息ついていった。
「でも先生、こう言ったんだよ。勝てなくても、全力を尽くした人を、責める人はいない。もしあなたが責められるとすれば、それは最初から諦めて、手を抜いた時。」
「ほう。」
「で、おれは単純だからさ〜、先生にまんまと乗せられて、運動会まで頑張って練習したわけですよ。そしたら」
「そしたら?」
「やっぱり負けた、あと、めちゃめちゃ悔しかった。泣いた。悔しすぎて眠れなかった。」
「……」
「クラスのみんなは、先生の言う通り、責めるやつはいなかったけど…」
「けど?」
「まあ、誰も声をかけてはこないよ。「あそこで抜かれなければ」って、みんな思ってただろうな。でも、「俺はやるだけやったんだから別にいい」って思った。」
「そうか……。でも、それなら「頑張らないほうが良かった」という話みたいだけど。」
彼は首を振った。
「いいや、そうじゃない。あそこで超悔しい思いをしたから、「ベストを尽くす」事の意味がわかった。」
「意味。どんな?」
「つまり、ベストをつくすのは、人の評価をもらうためじゃなくて、自分のためにやるんだってこと。」
「……まだ良くわからない。」
「つまり、「評価されない、お金がもらえないから、頑張らない。」って言い続けると、ますます頑張らなくなる。当然、そんな奴の評価なんて上がるわけない。」
私は尋ねた。
「でも、頑張っても同じなんだろう?」
「と思うじゃん、でも運動会の練習を一生懸命やって気づいた。「みんながどう思うかなんて、どうでもいいんだ」って。自分で頑張ると決めたから、頑張るっていう習慣こそが、重要なんだよ。」
「頑張る習慣が大事ってこと?」
「そう、頑張るかどうかは、他の人が決めるわけじゃなく、自分が決めること。常にベストを尽くす習慣だよ。「評価されるときだけベストを尽くそう」なんて器用なことは多分できない。」
「なるほど。たしかにそうかも。」
彼は言った。
「逆に、仕事で手を抜くと他の人のウワサばかり気になるし、結局「ベストを尽くす」という習慣が身につかない。そうだろ?それで、どんどん自分がいやになる。なんでおれ、愚痴ばかり言ってんだ、おれって、こんな情けない人間だったかって。」
「……」
「待遇が悪いなら、転職すりゃいい、それは自由だ。でも少なくとも目の前の仕事については全力でやらないと自分をダメにする。怠け癖がつく。会社のためじゃなく。自分のために、常にベストを尽くすこと。重要だとおもうけどなあ。」
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そう言えば、少し前に読んだ村上春樹の小説「騎士団長殺し」の主人公が、こんなことを言っていた。
私の描く肖像画がなぜそのように高く評価されるのか、自分では思い当たる節がなかった。私としてはそれほどの熱意も込めず、与えられた仕事を次から次へとこなしていただけなのだ。
正直なところ、自分がこれまでどんな人々を描いてきたのか、今となってはただの一人も顔が思い出せない。
とはいえ私は仮にも画家を志したのであり、一旦絵筆を取ってキャンパスに向かうからには、それがどんな種類の絵であれ、全く価値のない絵を描くことはできない。
そんなことをしたら自分自身の絵心を汚し、自らの志した職業を貶めることになる。誇りに思えるような作品にはならないにせよ、そんなものを描いたことを恥ずかしく思うような絵だけは描かないように心がけた。
それを職業倫理と呼ぶこともあるいは可能かもしれない。
それがどんな種類の仕事であれ、ベストを尽くすことは、「自分のために」重要な営みであることは間違いない。
仕事の手を抜くことは、自分を蝕み、貶める行為なのだから。
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