20年以上にわたって、わたしはBtoB(企業対企業)のビジネスに携わり、様々な企業に出入りし、そこで働く方々を観察しました。

ホテル、システム開発、運送、建設、学校、金融、塾、漁師、公的機関、飲食店……

 

そこで感じたことは数多くありますが、一つ強く心に残ったのは、日本企業は「意欲」と「成長」を大変に重んじる、という事実です。

 

いや、重んじる、という言葉では足りないかもしれません。

少なくとも、意欲と成長を軽視する会社は、私の知る限りありませんでしたし、極端な話「成果よりも意欲のほうが重要」というカルチャーすら、全く珍しくないのです。

 

実際、「数字あげてんだから、ヤル気なんてどうでもいいっしょ。」

「今月分の売上目標は達成したから、今日はサボってパチンコでも行くか」

などという態度を見せるのは、日本企業のなかでは致命的です。

 

これに対して、

「合理的じゃないなあ、会社で重要なのは成果でしょ?だから日本企業はダメなんだよ」

というのは簡単なのですが、わたしはなぜこれほどまで日本企業が「意欲!」「成長!」というのか、ずっと不思議でした。

 

しかし、ある考えかたを知ってから、日本企業の意欲と成長重視に合点がいくようになったのです。

その考えかたとは、「メンバーシップ型雇用」でした。

 

メンバーシップ型雇用における「底辺」は誰か?

先日、それに関して、こんな記事が出ました。

みなさんご存じだろうか。 ジョブ型における「底辺」が、どんな生き方をしているのかを。

ジョブ型は各仕事に対し、適したスキルを持った人を割り振っていく。

日本のメンバーシップ型はその逆で、まず人を採用し、その後割り当てる仕事を決めていく。

そして、この記事はジョブ型雇用の「底辺」は、特別なスキルを持たない労働者だと述べています。

 

しかし、疑問が浮かびませんか。

では逆に「メンバーシップ型雇用」における「底辺」はどのような労働者なのか、と。

 

簡単です。

 

実はこれが、「意欲がない」「成長しない」労働者だったのです。

「スキルがない」のではなく、ヤル気のない怠け者が「底辺」。

それが日本企業の考えかたです。

 

これは、労働政策研究・研修機構の、労働政策研究所長である濱口桂一郎の著作に、はっきりと書いてあります。

仕事ができないのは当たり前であり、それをできるようにするのが上司や先輩の責任です。

では本人に責任を問えることは何かといえば、ずぶの素人を上司や先輩が一生懸命教育訓練してできるようにしてあげようとしているのに、それに応えて必死に努力してできるようになろうとしないこと、一言でいえばやる気のないことです。

やる気、日本独特のヒラ社員用の最重要評価項目であるやる気が出てきました。

仕事ができないのは仕方がないけれども、やる気がないのは許されないという、メンバーシップ型社会独特のこの規範意識が、労働者を否応なく長時間労働に導いていくことになるのは見やすい道理です。

(太線は筆者)

ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機 (岩波新書)

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つまり、日本企業は「スキルがなくてもいいけど、意欲と成長はあんたの責任ね、そうじゃないとクビだよ」という別の意味でのハードルを設けているのです。

 

実際、「やる気がない」「意慾がない」「改善の見込みがない」という理由であれば、解雇を認められていますし、試用期間の考え方にも、これは反映されています。

試用期間は何のためにあるのか?

できますと言っていたのに仕事のできない食わせ者を排除するためにあるジョブ型社会と、やる気のない奴は排除するぞと脅して過重労働に誘導するためにあるメンバーシップ型社会とでは、その位置付けが全く正反対であることが分かります。

だから、日本企業の人事評価の項目には「成果」「能力」ともう一つ、やる気の評価である「情意」が入っているのです。

 

結局、世界中共通で、仕事をこなせるだけのスキルは、どこかで身につけねばなりません。

働く以上、どんな人でもです。

欧米のジョブ型雇用ではそれが「会社に入る前」であり、日本のメンバーシップ型の雇用では、それが「会社に入った後」になります。

 

日本のほうがよさそうに見えるかもしれませんが、逆に日本では「業務遂行の度合いにかかわらず」上司に対して継続的に「意欲」と「成長」を見せ続けなければなりません。

それは「長時間労働」や「休日返上」につながりやすいのです。

 

しかも、会社には大幅な人事権が認められており「転勤」や「異動」の拒否は原則、できません。

たとえ、その仕事がキャリア上、望むものではなかったとしてもです。

 

ですから、どちらの型も一長一短あります。

ただ、明白なのは、どちらにせよ「意欲も成長もない労働者には、居場所はない」という厳しい現実です。

 

キャリア形成は丸投げできない

では、どうすればいいのでしょう。

 

新卒で若いのであれば、「スキルが身につくかどうか」という判断基準は、職を選択するうえで重要です。

極端な話、まずは体力があるうちに、めいいっぱい働いて、価値あるスキルと経験を入手できなければ将来が危うい。

 

それはジョブ型雇用社会における、就業前のインターン時代のような物で、お金をもらいながら学んでいる、と考ると良いと思います。

 

ただし、キャリア形成を会社任せにしてはなりません。

かつて日本企業はそれを肩代わりしてくれましたが、今の世の中では、キャリアは自分で決めるしかないのです。

 

終身雇用はすでに破綻しています。

ですから、会社任せのキャリアでは、突然「行先がない」という事にもなりかねません。

漫然と働いていると、会社にいいように利用され、最後に困るのは自分です。

 

日本企業は、「意欲」や「成長」をとんでもなく重視します。

が、それは本来「自分でやらねばならない」ことを、会社が肩代わりしていただけ。

 

自分の手に、意欲と成長の主導権を取り戻しましょう。

本来それは、会社がどうこう言う問題ではないのです。

 

 

4月19日に”頭のいい人が話す前に考えていること” という本を出します。

頭のいい人が話す前に考えていること

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ここには、上で述べたような「働く上で知っておくと得すること」を盛り込みました。

 

編集者のかたと1年以上、ほぼ毎週ミーティングをしながら、すこしずつ書きためてきた本ですので、ぜひ手にとっていただければとても嬉しいです。

よろしくお願いします。

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
ご視聴登録は こちらのリンク からお願いします。

(2025/7/14更新)

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(webライターとメディア運営者の実践的教科書

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