知人に「つらいことはしない」をモットーにしているサラリーマンがいる。

「つらいことをしても、なんにもいいことはないよ。」

と彼は言う。

彼はある中小企業に就職したが、「つらいことはしない」を実践している。例えばこんな具合だ。

 

・新人研修

つらいことはしないので、得意なことだけをした。かれは学生時代に弁論をやっており、プレゼンが得意なので、アイデア出しは仲間に任せて、研修成果のプレゼンテーションだけとにかく頑張ったら、高く評価されたそうだ。

「ネタを出したのはチームのメンバーなのに、少し申し訳ない気分になったよ」

と彼は言う。

 

・配属

彼は営業に配属された。だが彼はつらいことはしないので、無理な営業を全くしない。結局、目標未達が続く。特に新規顧客獲得数では、毎回ビリから数えたほうが早かった。

が、「無理な営業はしない」が功を奏し、リピート率だけは社内でトップクラスに。彼は

「お客さんと話すのは好きなので、楽に仕事が取れるところしか行けない」

と言っていた。

時間が経ち、リピートのお客さんが増えてくると、ある程度目標も達成し楽に営業ができるので、本人は喜んでいた。

 

・主任に昇格

だれでも3〜5年ほど在籍していると、主任になれるという。彼も流れ通り、主任となった。転職を勧められることもあったが

「転職は面倒でつらいので考えなかった」と彼はいう。

問題は、主任となり新人の指導をはじめて任されたこと。

「つらいことは教えない」「新人にもつらいことはやらせない」という方針によりなんとなく新人に同行してもらうだけの毎日。新人はそれに不満を持ち、彼は指導担当から外された。

「良かった。そのほうが新人にとっても自分にとっても良いだろう」と彼は言う。

 

ある年の期首、業を煮やした上に「新規営業はしなくていいから、既存の顧客の維持だけやってくれ」と言われる。

上司から、「なぜお前はリピート率が高いんだ」と聞かれるが、「新規営業をしたくないからです」と言うと呆れられた。

このところ、上司が変わると毎回、「顧客がリピートする秘訣を、他の人に教えてくれ」と言われるが「秘訣はありません」と言っている。

「単に、無理して仕事をとらない。無理して売らない。常に余裕を持たせる。目標を達成しようとしないだけです」と、本音で言うと怒られるからだ。

 

・8年目

とうの昔に出世の見込みはないことはわかっていたが、やはり後輩の方が先に偉くなっている。といっても、管理職は残業代が出ないので、給与はあまり変わらない。

この時上についた上司は今までの上司と異なり、やたらと彼に厳しかったという。

「新規が取れない奴はクズだ」

というのを聞いて、つらい思いをした。つらいのは嫌なので、なんとかして上司のいうことをスルーする技を覚える。

ちらりと転職のことも思ったが、どうせ転職しても同じだし、転職にかける労力が嫌なので、結局会社に居座ることにしたらしい。

 

その年、新規客が目標未達の場合、給与が下がることになった。もともと500万円程度もらっていたけど、当然のことながら未達だったので450万円程度に給与が下がる。

「といっても月に3万、4万程度下がるだけなら大した話じゃない。ゲームへの課金をやめて、飲みに行く回数を減らしせばいいんだよ。やってみると、べつになんということもないよ」

と彼は行った。

「クズと言われている人間と、クズではない人間の差がこの程度なら、クズで十分だよ」

 

・12年目

会社の方針が変更になり、新規顧客重視から既存顧客重視になった。どうやらリピート率が下がりすぎて、会社の経営陣が問題視したとのこと。

「まあ、よくあるどうでもいい話だよ」

と彼は言う。

「いまよりも仕事が増やされそうなのと、営業から「カスタマーサービス部」に異動になったことで、あまり歓迎でないことが起きそうだ」

カスタマーサービスといっても、実際は御用聞き営業と何ら変わりがない。彼は入社当初から続けてきたことを淡々と続けている。

「これからどうするつもりなの?」と聞かれると彼はいつも「つらいことをせずに、できることをやるだけです」と回答する。

 

「つらいことはしない」も、それほど悪いことなのではないのかもしれない、と彼の話を聞くとふと思う。

 

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(Photo:Tommaso Il Biondo)