時流なのだろうか。知っている幾つかの会社が、今まさに「残業削減」の取り組みをしている。

世の中で過剰労働が問題になりつつあるのは良い傾向である。自由な裁量のない状態で長時間職場に拘束されたら、誰だって心を病んでしまうからだ。

 

だが、具体的に残業削減のためにやらないといけないことは何?と問われると、これは結構難しい。

 

中には、生産性を向上させる取り組みや、ツールを導入したりといった、現在の仕事を改善していこう、という動きをする人はいるが、現場を見てみると、実際には大した効果は出ていない。

何故だろうか。

それは、残業削減の鍵となるのは「改善」ではなく、「やめること」だからだ。

 

例えば、あるサービス業の営業部での話だ。

彼らは持ち回りで「新聞の切り抜き」をやっていた。顧客企業の動向や、人事などの情報を共有するため、新聞を切り抜いてスキャナで取り込み、部員に配信をしていたのである。

ただ「紙の切り抜き」は、時間がかかる。毎朝30分誰かが早く来て上の作業をしていた。

この「時間」にメスが入った。

「もっと効率的にできないか」という議論になり、結論としては「スマートフォンで記事を撮影し、そのままメールで配信する」というやり方になったのである。

 

何人かの人は「改善された」と言っている。

だがこれでよかったのだろうか。

 

私は現場の人間ではないので、この議論には参加していない。だが、おそらく「切り抜きをやめよう」という問題は提起されていない、

いや、提起されていたとしても、

「やらないよりやったほうがマシだろう」

「みんな知っておくべきことだから、やらないなんてありえない」

という声に負けるだろう。

 

もっと言えば、

「これをすごく役に立てて、営業の効率を上げている人がいますから」

という「成功事例」で、やめるなんてとんでもない、という方がいるだろう。

だから、今でも続いている。

そう、このような施策は「やったらそれなりの効果はある」のは間違いない。どんな小さなことだって、「やったほうがやらないよりはマシ」なのである。

 

しかし、である。残業が増えてしまう元凶は、まさにこの

「やらないよりマシ」

という態度にある。

そうではなく、大事なのは

「やめると何が起きるか」

という発想だ。

 

—————

 

別の会社では、週一回の営業会議に2時間をかけていた。部員が月曜日の朝、全員集まって、案件の進捗状況と、新規顧客開拓の状況を報告する会議である。

会議は「発表者」が一人5分程度話をし、それに対して部長や課長がツッコミを入れる、という形で行われていた。

 

周りの人間はその間黙っていなくてはならない。そして、この会社でも残業削減の取り組みが起きた。

「生産性を上げよう」「無駄を排除しよう」という旗が掲げられ、社員は「無駄な仕事を減らすよう」に要求された。

そして、当然「あの会議は無駄だよね」という声が上がる。

 

現場社員たちは

「営業会議は、無駄である。一人5分の報告であれば、週報に書けばよい。今の週報に、部課長がきちんとフィードバックすれば同じことができる」という問題提起を行った。

部課長はもちろん、

「あれが無駄というのは、真剣に会議に臨んでいないからだ。フェイス・トゥ・フェイスで話すことが重要なのだ」という論理を持ち出し、「やらないよりやったほうが良い」「やめるなんてとんでもない」と主張する。

 

そこへ割って入ったのが、社長であった。

社長は営業部の残業が多いことを前から気にしていたが、なかなかそれが改善される気配がなかったことに対して、「どうすれば営業を効率化できるか」を真剣に考えるようになっていた。

 

社長は

「なぜ営業会議をやめるとマズイのかね?」と部課長に聞く。

「案件の進捗状況を確認できなくなります。あとは新規顧客開拓に対する意識が落ちるでしょう。「会議の場で問い詰められるから動く」という人も少なくないはずです。」

 

社員たちはそれに対して反論した。

「案件の進捗状況は週報を出しているので、確認できるはずです。それ以上であれば、個別の話で済むのではないでしょうか。新規開拓については「問い詰められるから動く」のではなく、「成功パターンが見えるから動く」んです。」

社長は両者の言い分を聞き、ひとまず議論は終わった。

 

その後、

「どうおもいます?」

と社長に私は聞かれた。

 

どうだろうか。現場はそれぞれ異なるので、おそらく正解はない。

部課長は「営業会議をしないと、成果が落ちますよ」というが、逆に社員たちは「営業会議は成果と関係がない」という。

 

こうした対立がある場合、色々な考え方があるだろうが、個人的には「現場優先」で考えたほうが良い場合が多い。手を動かすのは現場だし、管理側の主張は大抵過剰管理を生み出す。

現場が言うなら、一旦そうしてみよう、実際にパフォーマンスが上がらなかったら、またルールを変えよう、が現実的であるケースは多い。

 

ピーター・ドラッカーは、次ように言っている。

人は、他人の時間まで浪費している事がある。そのような時間の浪費が簡単にわかる兆候はなくとも、発見のための簡単な方法はある。聞くことである。

「あなたの仕事に貢献せず、ただ時間を浪費させるようなことを私は何かしているか」と定期的に聞けばよい。答えを恐れること無くこのように質問できることが、成果をあげる者の条件である。*1

 

結局、この会社においては「一度現場の言うとおりにしてみよう。3ヶ月ほどやってみてデメリットが小さければ続ける」という方針になった。

部課長は「週報で、部下の情報がキャッチできなかったら、個別に聞きに行く」ことになった。

 

その後、取り組みはそれなりにうまく行っているようだ。

売上についてはほぼ例年通り。だが、残業時間は減った。もちろんこれは営業会議だけではなく、「無駄だ」と思うものをどんどん削っていった結果だ。

 

大事なことなので、もう一度。「改善」で残業を減らすことの効果は低い。肝心なのは「今やっていることをやめること」だ。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

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