漫画家の西原理恵子さんが、著書『女の子が生きていくときに、覚えておいてほしいこと』のなかで、こんな話をされていました。

六本木にある外資系のステーキレストランに行ったら、受付からボーイまで全員美男美女。しかも、お客も外国人が多いから、全員英語が話せるんです。

東京って、美男美女で英語もしゃべれて、やっとこういう店で時給1500円くらい稼げるんだと思ったら、もうやんなっちゃう、どうしようって、泣けてきた。

今って、頑張ったことに対する対価があまりにも安いですよね。いくら才能があっても、対価が安いんじゃやる気がでない。そう言いたくなるのもわかる気がします。

確かになあ、見た目がよくて、英語ができて(といっても、通訳とか翻訳家レベルではないのかもしれませんが)、それでも時給1500円。

働いている人たちは、こういう高級店で働けることをステータスだと考えていて、英語を勉強していてよかった、と満足しているのか、それとも、せっかく英語を学んだのに、時給がちょっとアップするくらいか……と内心がっかりしているのか。

 

これを読んでいて感じたのは、ものすごい高級店なのだとしても、日本のステーキレストランの店員が「全員英語が話せる」必要があるのだろうか、ということだったんですよね。

大使館や外資系の商社や貿易会社じゃあるまいし。

 

オーバースペックというか、仕事の内容と働いている人の技能のミスマッチなのではないだろうか。

それとも、東京では「ちょっと英語を話せる」というのは、もはや「武器」にはならないのかな。

外国を旅行していて、自分の英語の通じなさに絶望し、逃げ出したい気分に何度もなった僕としては(いやほんと、「言葉の通じないどこの馬の骨だかわからないヤツ」として扱われるのって、けっこう屈辱的なんです)、そんなにみんな英語を喋れるわけじゃないのになあ、なんて考えてしまうんですよね。

 

では、彼らは、どうすればよかったのか?

英語を使える程度はあたりまえだから、もっともっと技術を磨いて、高給・ハイプレッシャーの同時通訳者にクラスチェンジすることを目指すべきなのか?

もちろん、それはひとつの道筋ではあると思うけれど、より高みに登ろうとすれば、道は細くなるし、目的地に到着できる可能性も低くなります。

英語の達人というのは、多くの人が目指していて、分厚い既成勢力が存在する場所なので、生き抜くことは並大抵ではないでしょう。

 

『多動力』という本で、堀江貴文さんがこんな話をされています。

元リクルートの藤原和博さんが唱えている「レアカードになる方法」を紹介しよう。

まず、1つのことに1万時間取り組めば誰でも「100人に1人」の人材にはなれる。1万時間というのは、1日6時間やったと考えて5年。5年間一つの仕事を集中してやれば、その分野に長けた人材になれる。

ここで軸足を変えて、別の分野に1万時間取り組めば何が起きるか。

100人に1人」×「100人に1人」の掛け算により、「1万人に1人」の人材になれる。これだけでも貴重な人材だ。

さらに飽き足らずまったく別の分野にもう1万時間取り組めば、「1万人に1人」×「100人に1人」=「100万人に1人」の人材が誕生する。ここまですれば、あなたの価値と給料は驚くほど上がる。

会社員として、これまで営業の仕事を1万時間やってきた。経理の仕事を1万時間やってきた。こういう人は、すでに「100人に1人」の人材になっている。しかし、このままでは「ただの人」だ。ここで、違う肩書きに着替えることで、あなたの価値は「100人に1人」から「100万人に1人」まで高められるのだ。

堀江さんはその実例として、「NewsPicks」の佐々木紀彦編集長を挙げておられます。

佐々木さんは、記者、編集者、そして、『NewsPicks』のマネタイズの方法を考えるというビジネス開拓者という「三足のワラジを履いている」そうです。

優秀な記者や編集者はいるけれど、彼らは自分の専門に対するプライドを持っており、「お金にするノウハウ」には疎いことが多いのです。

 

この方法のメリットというのは、ある1つのジャンルで「1万人に1人の人材」になるのはハードルが高いけれど、「100人に1人」の2乗であれば、時間と経験を積めば、圧倒的な能力を持っていなくても十分手が届く、ということなんですよね。

その場合、「何と何を掛け合わせるのが、効果的なのか」が大事なのです。

誰でも思いつくようなものでは、また競争になってしまいますから、関連が薄そうなものの組み合わせのほうが、強みになるはず。

 

 

僕は最近、転職というか、勤め先を自分で探すという機会がありまして。

そのときに痛感したのは、少し視点を変えれば、あるいは環境を変えれば、自分が持っている資格や経験を高く評価してくれる人がいる、ということなのです。

大学の研究室や専門病院にいれば、「持っていて当たり前」の資格でも、医局の人事のラインを外れた病院にとっては、「のどから手が出るほど欲しい資格を持っている人」として扱ってもらえることもある。

 

「なんとなくカッコ良くみえるような気がする、都会の大きな病院」でなくてもよければ、好待遇で激務からも解放される。

もちろん、大学や大きな研究室で、先進医療を極めたい、という人が進むべき道ではありません。

でも、そういう学問的なリーダーシップをとるべき人は、ごくひとにぎりで十分なんですよね。

多くの人は、遅かれ早かれ、その「栄光の道」から外れていく。

それならば、ある程度自分のキャリアの天井がみえたところで、過酷な競争を降りて、適度に働きながら、人生を楽しむほうにシフトしていくのも、ひとつの生き方ではなかろうか。

そういうのって、年を重ねて、身体が動かなくなってしまってからでは、仕事の面でもプライベートでも「変わるのが難しくなる」ものだから、「まだ、もうちょっとハードな環境で頑張れるんじゃない?」って言われるくらいが、タイミングとしては良いのかもしれません。

 

『置かれた場所で咲きなさい』という本がベストセラーになりましたが、人は鉢植えの花じゃありません。

綺麗に見える場所を探すことができれば、同じ花でも、見た人の印象は大きく違う。

 

もちろん、万人が、そんな「使える資格や特技」なんてものを持っているわけではないでしょう。

でも、ちょっとプライドを捨ててみる、たとえば

「労働環境はブラック極まりないのに、有名企業だからという理由でしがみつくのをやめる」

あるいは「自分に東京暮らしの必要があるのか考えてみる」だけでも、選択肢はけっこう広がると思うのです。

 

いまは、人間の技術や技能が、うまく買い叩かれやすい時代だからこそ、その「隙間」もある。

働きやすくて待遇も良い会社なのに「そんなに名前が知られていない」「地方にある」というような理由で、好条件の求人が埋まらないこともあるのです。

 

自分の能力を高めるのは大事だけれど、すでに持っているものをうまく利用するほうが、うまくいきやすいのではなかろうか。

外資系のステーキレストランでは「持っていて当たり前」の英会話力も、最近外国人観光客が増えてきたという下町の居酒屋では「貴重な能力」として重宝されるはずです。

 

 今までのインターネットは、若い人たち向けの「キャリアアップ」の話が多かったけれど(そのほうが景気もいいし)、これからは「自分を活かすためのキャリアダウン」を語っていく時代じゃないか、と僕は思っています。

 

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【著者プロフィール】

著者;fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

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Twitter:@fujipon2

 

(Photo:Doug Letterman)