「名選手、名監督にあらず」という言葉がある。

この言葉、随所で出会うので、経験的には正しいように感じるのだが、なぜ名選手が名監督になりえないのかを、きちんと説明することは結構難しい。

 

*****

 

昔、ある会社の営業部の立て直しを手伝っていたときのことだ。

その会社は、総勢40名程度の営業部で、部長が1名、課長が5名の体制だった。

 

私はその会社の経営者から

「うちの部長課長は、営業をやらせたら一級品なのだが……問題がある」と相談を受け、その会社に常駐していた。

「何が問題なのですか?」と聞くと、経営者は

「うちの管理職は皆、営業の腕前は一級品なのだけれど、部下に教えることがヘタで、下がなかなか育たない」という。

 

話を詳しく聞くと、営業部員たちは

「上が教えてくれない」「どうやって営業したら良いかわからない」という不満を持っているらしい。

逆に部課長たちは

「営業は教わるものではなく、盗むもの」「失敗しながら覚えろ」と、メンバーたちの要望を甘えであると捉えている模様だ。

 

果たしてどちらが言っていることが正しいのか。

私は彼らの力量を確かめるため、部課長たちとメンバーを一同に集め、営業のロールプレイを行った。

 

まずは営業部員たちのロールプレイだ。

 

私はお客さん役として彼らの営業を受ける立場だ。

簡単な挨拶の後、一人の営業部メンバーが私に営業をする。

「どのようなご要望でしょうか?」

「こんなサービスです。」

「いつまでに必要ですか?」

「ご予算は?」

「他に声をかけていますか?」

「誰が、いつまでに決定をしますか?」

 

オーソドックスな営業で、そつがない。

特に大きな瑕疵もなく、「まあ、こんなものだろう」といった具合だ。ニーズが存在していれば、そこそこ注文も採れるだろう。

 

さて、今度は部長の営業である。私は営業部長の対面に座った。

部長は開口一番「いやー、お会いするのを楽しみにしていたんですよ。」という。

「どうしてですか?」

「いや、安達さん記事を書いていらっしゃるでしょう?私たまたま幾つか拝見しましてね……」

「そうだったんですか、ありがとうございます!」

「いえいえ、ちょうど私のクライアントがね、安達さんの書いていた記事の……」

 

スゴい、この部長は全く売り込みをしない。

ひたすら私の書いた記事に対してコメントし、質問を投げかけてくる。

何か心地よい感じだ。

 

しかしこの場はロールプレイなのだ。部長との会話を楽しんでいる場合ではない。

「で、今日のご用件はなんでしたっけ?」

「ああ、スミマセンでした。そうそう、私のクライアントで安達さんの記事を読んでいる方から、こんな意見をもらったんですが……」

 

部長は、私の運営しているサイトに対するお客さんの感想(という設定)を淡々と述べる。

部長は最後に、

「安達さんはどう思いますかね?これって妥当なコメントなんですか?」

と言った。

 

私はこの時点で、部長の圧倒的な営業としての力量を感じていた。

凄い。

相手の懐に入る技術。相手の課題を嫌味なく伝える技術。相手から本音を引き出す技術。どれも一級品だ。

わたしが実際の見込み客であれば、間違いなく部長に注文を出すだろう。

 

ロールプレイが終了した後、皆の表情を見る。

普段、部長の営業を見慣れていないメンバーたちは、感激したようである。

「部長、あんなにすごい営業をするんですね」

と、誰か一人が言う。

そして、別の誰かがぼそっと言った。

「あれは、マネ出来ないから。」

 

*****

 

このような会社の課題は何か。

一つしか無い。

それは、「経験を理屈にする」ことだ。

この会社においては、部長が持っている、豊富なお客さんの課題解決経験を、理屈にできていない。つまり、問題解決のパターンを創れていない、ということが課題だ。

 

例えば、

相手が経営者の場合、担当者の場合

予算が既にある場合、これから予算を取る場合

相手の課題が明確な場合、不明確な場合

相手と関係ができている場合、これから関係を作る場合

 

こう言ったパターンの法則化ができていなければ、現場はひたすら部課長が行っていることを眺め、膨大なパターンの組み合わせになる営業を、ひたすらマネていく、という非効率な学習をしなければならない。

それはまるで、定理を何一つ知らず、数学の入学試験に取り組むようなものである。

 

定理だけでは問題は解けない。だが、数多くの定理を知れば知るほど、解ける問題の幅は大きく広がる。

営業部員たちは、「どのようなご要望でしょうか?」「こんなサービスです。」「いつまでに必要ですか?」「ご予算は?」「他に声をかけていますか?」「誰が、いつまでに決定をしますか?」

というテンプレート営業しかできなかったが、これは「三平方の定理」しか知らない人が、微分方程式を解こうとしているようなものである。

 

ある上場企業の社長が、

「会社の仕組みを作るには、経験と理屈の往復が必要」

と述べていた。

 

結局のところ、「経験豊富」で「技術が高いだけ」の上司は、管理職としては無能である。

本来の仕事をしていないからだ。

 

管理職がやらなければならないのは、

1.自分の経験を理屈にして部下に教える

2.部下はその理屈を基に仕事の経験を積む

3.更に、部下はそれを自分の中で再度理屈にする

4.部下が構築した理屈を、上司にフィードバックする

5.上司は部下から受けたフィードバックを基に、理屈を改良する

というプロセスを会社の中で作らなければならない。

 

「理屈じゃねーんだ。」と上司や職人が言うことは十分理解できるが、「理屈じゃないこと」を理解できるようになるのは、「理屈」を完全に体得した人だけだ。

 

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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。

岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。


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(2026/01/19更新)

 

 

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