「名選手、名監督にあらず」という言葉がある。
この言葉、随所で出会うので、経験的には正しいように感じるのだが、なぜ名選手が名監督になりえないのかを、きちんと説明することは結構難しい。
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昔、ある会社の営業部の立て直しを手伝っていたときのことだ。
その会社は、総勢40名程度の営業部で、部長が1名、課長が5名の体制だった。
私はその会社の経営者から
「うちの部長課長は、営業をやらせたら一級品なのだが……問題がある」と相談を受け、その会社に常駐していた。
「何が問題なのですか?」と聞くと、経営者は
「うちの管理職は皆、営業の腕前は一級品なのだけれど、部下に教えることがヘタで、下がなかなか育たない」という。
話を詳しく聞くと、営業部員たちは
「上が教えてくれない」「どうやって営業したら良いかわからない」という不満を持っているらしい。
逆に部課長たちは
「営業は教わるものではなく、盗むもの」「失敗しながら覚えろ」と、メンバーたちの要望を甘えであると捉えている模様だ。
果たしてどちらが言っていることが正しいのか。
私は彼らの力量を確かめるため、部課長たちとメンバーを一同に集め、営業のロールプレイを行った。
まずは営業部員たちのロールプレイだ。
私はお客さん役として彼らの営業を受ける立場だ。
簡単な挨拶の後、一人の営業部メンバーが私に営業をする。
「どのようなご要望でしょうか?」
「こんなサービスです。」
「いつまでに必要ですか?」
「ご予算は?」
「他に声をかけていますか?」
「誰が、いつまでに決定をしますか?」
オーソドックスな営業で、そつがない。
特に大きな瑕疵もなく、「まあ、こんなものだろう」といった具合だ。ニーズが存在していれば、そこそこ注文も採れるだろう。
さて、今度は部長の営業である。私は営業部長の対面に座った。
部長は開口一番「いやー、お会いするのを楽しみにしていたんですよ。」という。
「どうしてですか?」
「いや、安達さん記事を書いていらっしゃるでしょう?私たまたま幾つか拝見しましてね……」
「そうだったんですか、ありがとうございます!」
「いえいえ、ちょうど私のクライアントがね、安達さんの書いていた記事の……」
スゴい、この部長は全く売り込みをしない。
ひたすら私の書いた記事に対してコメントし、質問を投げかけてくる。
何か心地よい感じだ。
しかしこの場はロールプレイなのだ。部長との会話を楽しんでいる場合ではない。
「で、今日のご用件はなんでしたっけ?」
「ああ、スミマセンでした。そうそう、私のクライアントで安達さんの記事を読んでいる方から、こんな意見をもらったんですが……」
部長は、私の運営しているサイトに対するお客さんの感想(という設定)を淡々と述べる。
部長は最後に、
「安達さんはどう思いますかね?これって妥当なコメントなんですか?」
と言った。
私はこの時点で、部長の圧倒的な営業としての力量を感じていた。
凄い。
相手の懐に入る技術。相手の課題を嫌味なく伝える技術。相手から本音を引き出す技術。どれも一級品だ。
わたしが実際の見込み客であれば、間違いなく部長に注文を出すだろう。
ロールプレイが終了した後、皆の表情を見る。
普段、部長の営業を見慣れていないメンバーたちは、感激したようである。
「部長、あんなにすごい営業をするんですね」
と、誰か一人が言う。
そして、別の誰かがぼそっと言った。
「あれは、マネ出来ないから。」
*****
このような会社の課題は何か。
一つしか無い。
それは、「経験を理屈にする」ことだ。
この会社においては、部長が持っている、豊富なお客さんの課題解決経験を、理屈にできていない。つまり、問題解決のパターンを創れていない、ということが課題だ。
例えば、
相手が経営者の場合、担当者の場合
予算が既にある場合、これから予算を取る場合
相手の課題が明確な場合、不明確な場合
相手と関係ができている場合、これから関係を作る場合
こう言ったパターンの法則化ができていなければ、現場はひたすら部課長が行っていることを眺め、膨大なパターンの組み合わせになる営業を、ひたすらマネていく、という非効率な学習をしなければならない。
それはまるで、定理を何一つ知らず、数学の入学試験に取り組むようなものである。
定理だけでは問題は解けない。だが、数多くの定理を知れば知るほど、解ける問題の幅は大きく広がる。
営業部員たちは、「どのようなご要望でしょうか?」「こんなサービスです。」「いつまでに必要ですか?」「ご予算は?」「他に声をかけていますか?」「誰が、いつまでに決定をしますか?」
というテンプレート営業しかできなかったが、これは「三平方の定理」しか知らない人が、微分方程式を解こうとしているようなものである。
ある上場企業の社長が、
「会社の仕組みを作るには、経験と理屈の往復が必要」
と述べていた。
結局のところ、「経験豊富」で「技術が高いだけ」の上司は、管理職としては無能である。
本来の仕事をしていないからだ。
管理職がやらなければならないのは、
1.自分の経験を理屈にして部下に教える
2.部下はその理屈を基に仕事の経験を積む
3.更に、部下はそれを自分の中で再度理屈にする
4.部下が構築した理屈を、上司にフィードバックする
5.上司は部下から受けたフィードバックを基に、理屈を改良する
というプロセスを会社の中で作らなければならない。
「理屈じゃねーんだ。」と上司や職人が言うことは十分理解できるが、「理屈じゃないこと」を理解できるようになるのは、「理屈」を完全に体得した人だけだ。
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