「失敗を恐れるな」
と語る成功者は多い。まるで「失敗は成功のために必須」と言っているかのようだ。
例えばユニクロの創業者、経営者である柳井正氏は、著書「一勝九敗」の中で次のように語る。
一直線に成功ということはほとんどありえないと思う。成功の陰には必ず失敗がある。
当社のある程度の成功も、一直線に、それも短期間に成功したように思っている人が多いのだが、実態はたぶん一勝九敗程度である。
十回やれば九回失敗している。
この失敗に蓋をするのではなく、財産と捉えて次に生かすのである。
しかし、別の意見もある。
あるコンサル会社のマネジャーは部下からこう言われた。
「失敗ができるのは、元から信頼されている人だけ」
銀行員のOさんは
「サラリーマンならば、大きな成功を目指すよりも「失敗をしない」ほうが遥かに重要」
と課長から言われた。
Oさんはそれを今でも心に留めており、「失敗を許す組織は実は少ない」という。
実務の現場では「失敗なんてとんでもない、失敗はできるならば避けた方が良い」という主張は根強い。
実際、極めて重大なリスクのある局面、例えば医療分野などでは、人は失敗を認めるどころか、必死にそれを「なかったこと」にしようとする。
医療研究の専門家ナンシー・バーリンジャーは著書「After Harm(医療事故の後で)」で、自分のミスを病院に報告する際の医師や医学生の言動を調査した。その結果は驚くべきものだった。
「医学生は、指導者であるベテラン医師たちが、ミスの隠蔽は正しいことだと信じ、それを実践している姿を見て学ぶ」とバーリンジャーは言う。
なぜなら、大きな失敗は、個人のキャリアを台無しにし、大きな不幸をもたらすからだ。
例えばヒューマンエラーという「失敗」により、10名の死者を出した「ユナイテッド航空173便燃料切れ墜落事故」の機長にまつわる話は悲劇そのものだ。
マクブルーム機長は事故後まもなく引退した。それから3年も経たずに妻と離婚、彼が亡くなる8年前の2004年、事故関係者の懇親会が開かれたが、生き残った乗客の一人エイミー・コナーは、そこであったマクブルーム機長をこう描写している。
「とても傷心している様子で(中略)見る影もありませんでした。操縦士のライセンスを失くし、家族を失くして、残りの人生がめちゃくちゃになってしまったんです」
この話を聞けば、無邪気に「失敗しても良い」とは言えない。
実は冒頭の柳井氏も、冒頭の引用文にこう続けている。
「致命的な失敗はしていない。つぶれなかったから今があるのだ。」
だが「失敗」をゼロにすることは、原理的に不可能だ。
考えうる限りの注意深さを必要とする、人命がかかった病院や航空機ですら、不可能なのだ。ビジネスではなおさらである。
したがって「失敗」の存在は、ピーター・ドラッカーの言うように、前提として考えなければならない。
成果とは長期のものである。すなわち、まちがいや失敗をしない者を信用してはならないということである。
それは、見せかけか、無難なこと、下らないことにしか手をつけない者である。成果とは打率である。弱みがないことを評価してはならない。
そのようなことでは、意欲を失わせ、士気を損なう。人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。
優れているほど新しいことを試みる。
そのためには「一人の失敗」を「組織の改善の種」として活かすことが重要だ。
例えば、ユナイテッド航空の悲劇は、後にパイロットの訓練方法、緊急時のチェックリストの導入、航空機の改良などに活かされ、航空事故率は劇的に下がったという。
このように「失敗」は不可避と認め、システム全体で「失敗」を活かす。
この仕組みがあって初めて、「失敗してもOK」と言えるのである。
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ソウルドアウト社代表、荻原氏は「失敗のさせ方にも、致命傷にならないような工夫がいる。」と述べる。
荻原氏:
失敗をさせることは確かに重要です。強い会社の経営陣は、おそらく皆、失敗を経験していると思います。
例えばオリックスです。元CEO宮内氏は「オリックスの役員は全員、失敗を経験している」と聞きました。
失敗は3回まで許されるので、挑戦する風土が出来上がっているそうです。
しかし、漫然と失敗させてしまってはいけません。社員が燃え尽きてしまったり、キャリアに重大な傷がついてしまっては元も子もないのです。
ですから、我々は「失敗が致命傷にならない」ため、いくつかのチャレンジに関する原則を設けています。
1.強みのない場所では勝負させない
数年前に、弊社で一度「個人商店」の「成果報酬でのリード獲得」ビジネスを手掛けたことがあります。
当時、弊社は「中小・ベンチャー企業」の「Webマーケの広告運用」が得意領域でした。
結論から言うと、これは手痛い失敗でした。
個人商店は中小企業とは大きく異るマーケットである上、「リード獲得」も「広告運用」とは別のビジネスです。
ノウハウが貯まれば、と思ってチャレンジしましたが、1年半後、約6000万円の赤字を出して、撤退を決めました。
関わっていた社員も大変な苦労をしたと思います。
結局、我々が高い授業料を支払って得た教訓は、「すでに持つ強み」で勝負させる、というものでした。
そうすれば、失敗しても「学習」という果実が得られます。
2.「市場があるから」というだけで参入はしない。「顧客がいるから」参入する。
企業の中には、「今盛り上がっているから」「市場があるから」というだけで参入を決める所もあります。
例えば現在は、仮想通貨、IoT、AIなどでしょうか。その他様々な流行り廃れがあります。
しかし、我々は「市場があるから」という理由だけで参入を決めることはしません。
なぜなら、担当者が長期間に渡って頑張り続けるには、「大義」と「社内のサポート」が必要だからです。
逆に我々は「マーケットがあるかどうかは分からないが、目の前に困っている顧客が居る」という状況であれば、真剣に参入を検討します。
目の前に顧客がいれば、皆それをサポートすることを厭わないでしょう。
そうすれば担当者が孤立して「失敗を一人で引き受ける」ようなことにはなりにくいと思います。
3.本業で大きく業績をあげた人に託す
そしてもっとも重要なのが、「チャレンジを誰に託すか」という問題です。
弊社では「本業の稼ぎ頭だった人」を充てています。理由はふたつです。
まず一つ目は「社内の信頼感」です。
ピーター・ドラッカーも指摘していますが、新しいことはどうしても成果が見えにくく、失敗する可能性も高い。
そこに「社内でそれほど信頼されていない人」を充てるのは、リスクがあります。
新しいものは、実績のある人、ベテランによって始めなければならない。
新しい仕事というものは、どこかで誰かがすでに行っていることであってもすべて賭けである。
「あの人が失敗するくらいなら、誰がやっても同じだった」といえるくらいの人物を当てなければ、チャレンジはうまく行きませんし、失敗のダメージも大きくなります。
そしてもう一つは「後進の育成」です。
本業の稼ぎ頭が抜けた穴を埋めるため、周りの人は必死に働きます。そして、それは人を大きく育てることにつながります。
逆に「稼ぎ頭」がいつまでも同じところに滞留していれば、周りは何時までたってもその人物を頼るでしょう。
それは会社全体としての損失です。
失敗には「良い失敗」と「悪い失敗」があります。
経営者の役割は、できるだけ社員が「良い失敗」をできるよう、環境を整えることだと考えるのですが、いかがでしょうか。
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(Photo:darkwood67)