なぜ人は、自己啓発本を手にとっては胸を熱くするのに、1日も経てばきれいサッパリ忘れてしまうのだろう。

そんな疑問に答えをくれた、忘れられない一人の偉人がいる。

鉄鋼王と呼ばれた19世紀のアメリカの大富豪、アンドリュー・カーネギーだ。

 

貧しい移民の家庭で育った彼は、13歳から低賃金の下働きを始めると懸命に働き、やがて才能を開花。

米国史上2番目の大富豪と呼ばれるほどに巨万の富を積み上げ、アメリカンドリームを掴んだ人物として知られている。

そして彼は、自分の死後、墓石にこんな言葉を刻むよう遺言して息を引き取った。

“Here lies a man who was able to surround himself with men far cleverer than himself.”

 

意訳すると、「己より遥かに優れし人物を集める術を心得しもの、ここに眠る」と言ったところだろうか。

はっきり覚えていないが、この言葉に初めて出会ったのはたぶん20代のなかば頃。

貪るように自己啓発本を読んでいた時で、妙に心が震えた。

そして、「そうか、人生で成功するには自分より優れた人物を仲間にすれば良いんだ!」と、ド直球の短絡ぶりで字面を理解した。

 

まあ確かに間違ってはいないが、こういう現象にも「中二病」みたいに、何かおしゃれな名前が欲しい気がする。

「俺って意識高けーわw」

と、かっこいい言葉を仕入れては何かを知った気分になる症例のことだ。

 

偉人の生き方やカッコイイ言葉をたくさん知っても、その具体的なやり方や近づき方などもちろんわからない。

ステップバイステップでその領域に到達した過程など想像もできないので、結局のところ次の日には忘れてしまい、1週間も経てば本を読んだ事実すら忘れてしまう。

そして心を熱くした自己啓発本に投資した時間は無駄になりやがて忘れ、いつもと同じ怠惰な毎日を過ごすことになる。

 

ある「ブラック経営者」のこと

そして、自己啓発本の類を読む情熱すらすっかり消え失せていた30代前半の頃。

ある「ブラック経営者」の下で、私は経営企画担当の取締役をしていた。

 

その経営者はとにかく酷い。

「わかった、じゃあそれは君に任せる」が口癖で、解決するべき問題を役員会で提起すると、その全てが自分の仕事になって積み上がっていく。

大した仕事をしているようにも見えないオッサンで、年齢は親子ほども離れていた当時50代後半。

にも関わらず、一代で年商60億円の製造業を築き、業界では少し知られた人物だった。

 

そしてその経営者の下では、数億円単位の第三者割当増資やM&Aなど、およそ30代前半で経験できるとは思えない大きな仕事を次々に経験することになる。

しかし、そのほとんどの仕事に経営トップは最後まで関わろうとしない。準備から最終交渉まで、全て自分の仕事だった。

経営トップは最後に、ハンコを捺すだけである。

 

簡単に言っているようだが、このプレッシャーは相当なものだ。

VC(ベンチャーキャピタル)や業界大手の上場企業なども株主にいる、IPO(株式の新規上場)を期待されている会社だったので、下手な事をすれば役員としての責任も問われかねない。

結局、毎回必死になりながら手探りで仕事をこなしたが、この時期は、いろいろな意味で人生の思い出深いキャリアになった。

 

グーグルはなぜ巨大企業になれたのか

話は変わるが、言わずとしれた世界の大企業グーグルには、「疑うことはコストである」という価値観があることをご存知だろうか。

グーグルで働いた経験がある人や経営者などが好んで話す価値観だが、誰かが言っていることをいちいち疑い裏を取っていては、スピードが命の現代の経営環境では、それは命取りになるという考え方だ。

 

マッキンゼーやNTTドコモ、リクルートや楽天などを経てグーグルでも働いたことがある尾原和啓氏は、その著書「どこでも誰とでも働ける 12の会社で学んだ“これから”の仕事と転職のルール」の中で、グーグルのこの価値観を「ハイパー性善説」と呼んでいる。

確かに、人を疑うことは相当なコストがかかる。

誰かが提案したことが理にかなっているかどうか、定量的に確かめるためには客観的なエビデンスが必要だ。

新規事業には十分な調査が必要だが、調査にはお金も時間も人も必要なので、定量的・定性的なコストはバカにならない。

 

そもそも、新しい売上を立てるにも、リスクが伴う。

売掛金を本当に払い込んでくれるかは、ぶっちゃけ相手の善意次第と言っても言い過ぎではない。

そして一般的な会社や組織は、新しい仕事を創出することよりも理不尽な損失を回避する方向に判断が傾く。

このようにして性悪説を前提にした組織はROI(return on investment)ではなく、損失の絶対額だけを問題視して得をした気になり、やがて衰退していく。

 

その一方で、真剣に仕事に取り組んでいる人であれば、嘘をついている確率など、実は無視できるほど小さなものだ。

間違っているとしても、そこから得られる教訓さえあれば、投資は無駄にならないだろう。

 

2001年に発刊され、未だにロングセラーを続ける「仕事は楽しいかね」(デイル・ドーテン (著))でもこの価値観は謳われているが、「試すことには無駄がない」ということだ。

結局、ROIの観点から考えれば、「疑うことはコストである」と本気で考えられる経営者は、本当に強い。

そしてこれは恐らく、日本人経営者の多くが、もっとも苦手な価値観であるような気がする。

 

点と点が繋がってやっと意味が理解できた

翻ってみて、かつて私に仕事を丸投げにしていたボスのことだ。

 

確かに、取締役として仕事を丸投げにされていた当時の私に、リスクが0であったわけではない。

しかしながら、そんなリスクなど経営トップから見えればちゃんちゃらおかしい。

会社が潰れても、一介の取締役が背負う責任などたかが知れている。責任という観点から考えれば、取締役と新入社員にすら、ほとんど差はないと言ってよいだろう。

 

むしろ、定量的にも定性的にもあらゆる結果責任を負う経営トップが、

「わかった、お前やれ」

と仕事を任せる豪胆さこそが、凄いことだ。

 

日常のタスクで置き換えてみると、例えば1時間後に始まる部門会議のために、パワーポイントを触ったことがないスマホ世代の若者に、資料作りを丸投げにすることができるだろうか。

そんなリスクを背負うのはゴメンなので、結局自分でやってしまうのが、普通の人の感覚ではないだろうか。

 

しかしそれでは、いつまで経っても自分の時間を付加価値の高い仕事に使うことなどできない。

そして人を疑うコストを、いつまでも自分が払い続けることになる。

さらに、部下を成長させる器量を持ち合わせることもない、ありふれた管理職であることにも気が付けないままに人生の時間を過ごし、やがてリタイアしていくだろう。

 

「己より遥かに優れし人物を集める術を心得しもの、ここに眠る」という言葉の、本当の意味

いい年をしてやっとわかった気がするが、この言葉の本当の意味は、人を信じて託する勇気を持つことだ。

部下であれ友人であれ上司であれ、相手の言うことはまずは疑わない勇気をもつこと。

 

騙されるまでは、相手を信じて自分自身と自分の想いを託してみること。

それは決してお人好しになれという意味ではなく、ROIの観点から考えても、10人の人を疑い1人の人に騙される損失を回避できたとしても、9人の人から得られたであろう利益を失うほうがトータルで考えれば損だということだ。

 

これが、グーグルが巨大企業になることができた教訓であり、何ら仕事をしているように見えない「あるブラック経営者」が、一代で大きな会社を作ることができた理由ではないだろうか。

40代なかばのオッサンになって、やっとそんな事が理解できた。

 

とはいえ、こんな心境を20年後には、「この症例に名前をつけたいくらい恥ずかしい」黒歴史になっているのかも知れない。。

人生は、いくつになっても勉強の積み重ねだ。

 

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(2019/11/7更新)

 

 

【著者プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

去年の夏、道に迷ったおばあちゃんが家の前で座り込んでいたので、車に乗せて家まで送ってあげたことがありました。はるか遠い記憶ですが、亡くなった父親が全く同じことをしていたことを懐かしく思い出すことができて、とても幸せな気持ちになれました。

おばあちゃん、ありがとう。

(Photo:Ikhlasul Amal