昔、今とは別の職場にいた頃、目の前で「過負荷で潰れてしまった人」を見たことがあります。
当時の私は、彼に対して、殆ど何もしてあげられませんでした。何をするべきだったのかな?何かできたのかな?今なら何が出来るかな?と、時々考えます。
隣の部署の人でした。年齢は20代後半か、せいぜい30そこそこくらいだったと思います。
当時の職場は部署によって「忙しい・そんなに忙しくない」の差が激しくて、私も大概忙しかったのですが、隣の部署はそれに輪をかけて大変そうでした。
そんな中、彼は「同業他社での経験を積んだ即戦力」という触れ込みで入社して、皆の前でもそのように紹介されていました。彼の歓迎飲み会には私も参加したのですが、いろんなテーブルを回って、お酒を注いで回っていた記憶があります。社交的な人だなあ、という印象でした。
彼はイージーミスを連発するようになる
彼は、おそらく「即戦力」という言葉を自分で真に受け過ぎてしまったんだろう、と今では思います。実際のところ、どんなベテランの人であっても、職場が変われば相応のキャッチアップの時間が必要です。
マネージャーであれば部下のスキルを見極める時間が必要ですし、プログラマーであればコード規約や環境、既存のアーキテクチャについてあれこれ調べる時間が必要でしょう。どんな部署、どんな人材でもそうである筈だ、と私は思います。「即戦力の人材」なんて本来存在しない筈なのです。
ところが彼は、入社直後からどんどん仕事を抱え込んで、やがてイージーミスを連発するようになりました。
隣の部署が大変だったことには、当然要因がありました。隣の部署の責任者の人は、本人の処理能力は凄く高い人だったんですが、何点かよくない傾向もあったのです。
・上席から指定された期日について調整せず、基本的に丸のみする
・丸のみした期日をそのまま部下に押し付けようとする
・期日が遅れた際、人格否定めいた責任追及をする
・遅れた際のリカバリが、「リソースの調整」ではなく「期日を延ばす」という方向でしか行われない
今だったら明確に言語化出来るんですが。当時、まだペーペーだった私は、そこまではっきりとそういった点を言語化できませんでした。その責任者さんに、はっきり注意・指摘出来るような立場でもありませんでした。
元々その部署にいた人たちは、無理な仕事に対しては「無理です」と言える人達でした。自分に出来ない仕事を無理というのも仕事の内、とわきまえている人達が構成員だったからこそ、なんとかかんとかその部署が回っていた、ともいえるでしょう。
彼には、多分、そこが難しかった、あるいはそれが出来ないところに追い込まれてしまったんだろう、と今では思います。
彼は多分、「無理です」と言えなかった。「その期日ではとてもできません」と言えなかった。ただ、抱えきれない仕事を抱えて、周囲には「大丈夫です、なんとかします」と言い続けて、どんどん口数を減らしていきました。
私は何回か、彼に「昼飯でも一緒にどうですか」と言ってみましたが、「すいませんちょっと外せなくって」と言う返事と、彼がカロリーメイトをかじる姿を見せるのが常でした。
ある日彼は突然無断欠勤した
彼は、ある日突然無断欠勤をしました。電話にも出なくなりました。
私は正直最悪の事態を想像してしまいましたが、幸いというべきなのかどうか、人事の人が彼の家を訪ねた時、インターフォン越しの声はぽつりぽつりとかえってきました。翌週、彼が退職することになったという話を聞きました。
あんな状況になっても仕事の振り直しをしなかった、十分なキャッチアップの時間を与えなかった、彼の上司と会社に一番の責任があるのは間違いありません。正直、見逃す方が難しいサインだったんじゃないかと当時も思いました。
ただ、彼と私の間には、ほんの僅かな違いしかなかったと思うんです。つまり、出来ないことに対して「無理です」と言える環境、「無理です」と言える立ち位置、「無理です」と言える精神状態だったかどうか。上司が、「無理です」と言える状況を作ってくれる人だったか、どうか。
私の当時の上司は、無理な仕事に対して「いや無理ですよこんなの」と言えば理解して、ちゃんと調整してくれる人でした。私は、期限が無茶なら「いやこんな無茶な期限もってこないでくださいよ」と言うことに抵抗がありませんでした。ただ、そうでない人も世の中にたくさんいるんだろう、ということも理解はしています。
何より、上司に恵まれたという点で、私は圧倒的に運が良かった。つきつめれば、彼と私の違いは「運」だけだったんです。
電通の話を聞いて、私はそんなことを思い出しました。
今でも思います。当時、私には何が出来たんだろう。今なら、私には何が出来るだろう。もしかすると電通と同じことが起きるかも知れなかった状況で、私は何をするべきだったんだろう。
「今まさに過負荷で潰れそうな人」を眼前にしたら、私たちには何が出来るんだろう?
今の私は、一応は部署の責任者です。もちろん、なるべく無理のないスケジュール、無理のないタスク表を作る努力を続けてはいますが、時には厳しい状況になってしまうこともあります。
だから責任者として、せめて「無理です」と気軽に、気楽に、確実に言える環境を作ろう、とは務め続けています。「無理な仕事を無理っていうの超大事」と言い続けています。
それで上席や他部署やクライアントと喧嘩をしなくてはいけないとしたら、喧嘩が私の仕事だろうと。そんな風に考えています。で、よく喧嘩をしています。
誰かの命は、私の肩には重すぎるから。せめて責任者として、「無理」に対する聞く耳を保ち続けなくては、と思うのです。
今日書きたいことはそれくらいです。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城