前職の頃の話。

入社したのは2001年、新卒としてだった。

上司は社内でも「鬼」と恐れられていた上司で、「新卒にコンサルティングなんぞできるわけがない」と最初に言われた。

「新卒にコンサルティングなんかできるわけがない。上が新卒を採りたいと言ったので、仕方なく引き取っただけだ」と、はっきりと言われた。

 

今考えれば、そのとおりだったのかもしれない。

それでもその上司は悪い人ではなかった。

「コンサルタントとしてここにいる以上、一定のパフォーマンスを出せないやつは客のところには行かせない」と、新卒と中途の差別は一切、しなかった。

全ては実力次第。

お陰で、20名ほどのグループの中で一人、中途採用のコンサルタントたちに混ざって勉強会に出席していた。

 

そして、その上司が企画する勉強会は、本当に素晴らしくよくできていた。

何よりすごいのは、システマチックに人を短期間で鍛え上げる、そのやり方だった。

ポイントは次のとおりだ。

 

1.準備

勉強会は常に「進行中の顧客事例」を用意して行われる。

2.情報共有

まずは情報共有から始まる。

事例となった顧客の経営者やプロジェクトメンバーの地位、属性、発言などが担当コンサルタントから発表される。また、人間関係の良し悪し、能力の高低(たとえばだれがNo.2で、だれが次期部長と目されているか)などもこの時に合わせて発表される。

また、事業概要、会社のマーケティング施策、主要な取引先、営業手法、品質管理手法、各種マニュアルなどもこの際に資料として渡される。

3.課題設定

一通り情報共有が終わると、その場を仕切る上司が複数の課題を設定する。

例えば以下のようなものだ。

・顧客の抱える最も解決の優先度が高い課題は何か?

・顧客の財務状態を推測せよ

・現場でのクレームにどのようなものが考えられるか

・マーケティング施策として何が有効か、経営陣に提案するとしたら何を提案するか?

4.ロールプレイ

暫く考慮時間が与えられ、その後、一人ひとりがロールプレイを行う。

大抵は、事例となった顧客の担当コンサルタントが「顧客の経営者」の役割を担い、上で設定された「課題」をロールプレイで検証する。ロールプレイは皆の前で行うため、非常に緊張する。

5.ディスカッション

対立する意見が出ると、双方にディスカッションを促す。「遠慮なし、恨みっこなし」を合言葉に、経験年数の区別なく、意見を戦わせる。

5.フィードバック

一通りディスカッションが終わると、データが開示され、担当コンサルタントから解答が発表され、上司からフィードバックがある。

 

上の方法で、新卒も約半年で、顧客に対して高度なサービスを提供することができる水準を達成できた。

今思えば、かなりのスピードで人を育成していたと言えるだろう。

 

なぜ上の方法が成果を出せていたか。

調べてみると、実はこのやり方、科学的見地からも、最も有効な教育訓練の方法だったからだ。

 

フロリダ州立大学の心理学教授、アンダース・エリクソンは学生や医師、音楽家やスポーツ選手など様々な人々の技能が「どうすれば超一流に到達できるのか」を徹底的に検証した。

結果、技能の獲得について従来信じられてきた「通説」と「実際」は異なることを突き止めた。

それは例えば以下のようなものである。*1

 

・「知識」と「技能」は全くの別物

テニスの雑誌を読んでもテニスはうまくならない。セミナーに出ても技能はあがらない。「勉強するだけ」では意味がなく、必要なことは「実際に試すこと、やること」である。

 

・経験を積めば上達する、はウソ

20年の経験を積んだ人物でも、経験数年の人物と技能のレベルは変わらないか、むしろ劣る。

 

・だれがトップとなるかを決定する上で何らかの遺伝的要素が影響することを示すエビデンスは一切ない

遺伝的要素よりも「技能の練習方法」のほうが遥かに重要

 

・「楽しく練習」することは、技能の獲得につながらない

練習は注意深く、何を獲得するかはっきりと意識を持って行われなければならない。

 

通説に代わり、彼は「限界的練習」という能力向上の方法を提唱している。その練習方法とは、以下の要件を満たすものだ。

 

1.はっきりと定義された具体的目標が示される

2.集中して行う

3.フィードバックが不可欠

4.コンフォートゾーンから飛び出す(ラクではなく、楽しくもない練習をする)

 

教育訓練においては「知識をつけよう」「努力しよう」というのでは不充分である。それはともすれば精神論や才能論に陥りがちだ。

そうではなく「考えて練習しよう」と考えることこそ、技能獲得の最短ルートだ。

 

上述したアンダース氏は「限界的練習」の目的についてこう述べる。

限界的練習は前途洋々でこれからチェスのグランドマスターやオリンピック選手や世界一流の音楽家を目指して練習を始めようという子どもたちのためだけにあるのではない、(中略)

それはアメリカ海軍のような、苛烈なトレーニング・プログラムを開発する余裕のある大組織に属する人のためだけにあるのでもない。限界的練習は夢を持つすべての人のためにある。

絵の描き方、コンピュータ・コードの書き方、ジャグリングやサクソフォーンの演奏、アメリカ文化を象徴する小説の書き方などを学びたいという人、ポーカーやソフトボールがうまくなりたい、営業成績を伸ばしたい、歌が上手くなりたいという人。人生を主体的に選び、才能を自分で作り出し、今の自分が限界だという考えに与しない全ての人のためにある。

このような思想に基づく、よく練られた素晴らしい教育訓練こそ、皆に成果と自信を与え、世の中の分断を防ぐ最も良い手立てだろう、と個人的には思うのだが、いかがだろうか。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

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