先日、Books&Appsの安達さんが、幼稚園で子どもの朝のスケジュール管理の課題が出されている話を書いてらっしゃって、興味深く読んだ。
子供に「スケジュール管理」をさせる幼稚園の教育に、けっこう驚いた話。(Books&Apps)
そして、うちの子どもと似たり寄ったりだなぁ……とも思ったのだった。
幼稚園は子どもに色々なことを授ける。そのなかには、いわゆる「勉強」の萌芽とみなせるものもあれば、「道徳」の提供と考えられるものもある。
たとえばクリスチャン系や仏教系の幼稚園のなかには、宗教行事に関連したかたちで、「道徳」を子どもに授けようと意欲をみせているところもある。
子どものためにそのような幼稚園を選ぶ親御さんは、幼稚園に「道徳」を授ける機能をも期待しているのだろう。
と同時に、幼稚園や学校は「スケジュール管理」をも課題とみなし、教育の一環として授けようとする。
冒頭記事の幼稚園のように、朝のスケジュール管理に踏み込むところはまだ少ないかもしれないが、たとえば小学生の夏休みの宿題などは、この「スケジュール管理」に関連したものが多い。
たとえば、「ラジオ体操」などは子どもに自らスケジュールを管理させる典型だ。
夏休みという、先生が指導しない数十日間においても、子どもに自主的に同じ時間に起床するよう励行するのである。
ラジオ体操の存在意義のある部分は、「健康増進」にあるけれども、元来健康な子どもにとっては、「自分で自分のスケジュールを管理させる」ことのほうが意義として大きいように思う。
夏休み中の、鉢植え植物の水やりと観察、毎日の天候についての記録、絵日記なども、子どもに「スケジュール管理」のタスクを負わせている。
夏休みは自由気ままに過ごして構わないものではない。夏休みの宿題は「計画的に」進めなければならない。いつも時間を意識すること──それも、子ども自身が時間を意識して過ごすこと──が、暗に期待されている。
「現代人」にコンバートされていく子ども
冒頭リンク先で安達さんが書いていらっしゃるように、子どもに「スケジュール管理」のタスクを身に付けさせるのは簡単なことではない。
ただ、この課題を遂行するには、それ相応のコストが求められる。
つまり、子供が遊んでも、ぼんやりしても急かさずに待つと、朝の支度に一時間以上の忍耐が必要になる時がある。
正直に言えば、脅しつけて何かをさせるほうが遥かに簡単であるので、その誘惑と戦うのが大変だ。
ただ、これを続けると、子どもがグズグズしているときには、脅すのではなく「一緒にやろう」が最も効果的であることもわかった。
だから、一緒に課題をこなす。そこでまた、時間がかかる。
もちろん楽しくもある。だが、自分の子供の自主性、自律を促すため、と思わなければ、正直やってられない。
だから、つくづく思う。
教育とは本質的に、短期的な費用対効果は全く合わないものであると。
ここで安達さんが述べているように、子どもの自主性や自律性をうまく養っていくのは大変だ。
親の側が急いてしまって脅したり急かしたりすれば、ちゃんと身に付かない。
親御さんだけで取り組めば上手くいくものではなく、幼稚園や学校の雰囲気、先生の指導、ときには教材をも活用しながら身に付けさせなければならない。
それでいて、自主性や自律性がしっかりと根付くのは何年も先の話ときている。
子どもに「スケジュール管理」を身に付けさせるために、現代人は小さくないコストを支払っているのである。
さて、ここから逆のことを考えてみよう。
現代人は、大きなコストを強いるかたちで、子どもが幼い頃から「スケジュール管理」を身に付けさせている。
ということは、本来の子どもは──いや、大人も含めた人間全般は──「スケジュール管理」なるものを身に付けていなかったのではないか。
「スケジュール管理」について歴史を紐解いていくと、13~14世紀に普及していった時計の発明に辿り着く。
人間は、太古の昔から自分のスケジュールを管理していたわけではない。
ルイス・マンフォード『技術と文明』によれば、「時間」という概念は、機械的時計の発達と普及によるところが大きいのだという。
機械的時計が登場する以前の人間には、今日でいうところの「時間」という概念が浸透していなかった。
時計が普及する以前の人間は、太陽が昇るとともに働き始めて、日が沈むと働くのをやめていた。その日の気分に仕事が左右される人や、昼過ぎには仕事をあがってしまう人も珍しくなかった。
今日でも、途上国の田舎に行けば、時間に対する感覚のアバウトな人が少なくない。
ところが街に大時計が設置され、正確に時刻を刻むようになると、人は時間にあわせて働き、生活するようになった。
「時間」という概念にもとづいて暮らすようになった人々は、時間を節約したり効率的に用いたりするすべを身に付け、その生産性を増大させていった。近世~近代のブルジュワ階級の美徳も、ここに基づいている。
工業化社会に入ると、工場には始業や終業を告げるサイレンが鳴り響くようになり、たくさんの人が、決まった時間に出社/退社するようになった。
今日では当たり前の風景になっている通勤ラッシュも、「時間」の発明、つまり「スケジュール」の誕生に伴う副産物と言える。
さらに進んで、時代が現代に近づいてくると、もっと自主的にスケジュールを管理する働き方がクローズアップされるようになった。
第三次産業に従事するホワイトカラー層や、そのホワイトカラー層を束ねる管理者や経営者に求められたのは、始業や終業のサイレンによって受動的にスケジュールを管理されるのでなく、自分自身にとって最も効率的なスケジュールを、自主的にマネジメントする技能だった。
そうしたスケジュールの自己管理技能は、当初は上級ホワイトカラー層だけに求められていたが、時代が経つにつれて、より広い範囲の労働者にも期待されるようになっていった。
今日では、幅広い職種においてスケジュールの自己管理技能が求められている。
スケジュールの自己管理技能を欠いている人は、社会人として問題があるとみなされかねない。
現代人は「極めて訓練された存在」
このような歴史的経緯を振り返ると、私は、現代人とはつくづく訓練された存在であるなぁ……と思わずにはいられないし、その訓練の積み重ねに割かれたコストや負担にも、思いを馳せずにはいられないのである。
子どもにスケジュールの自己管理技能を身に付けさせるのは大変だが、その大変さは、人類が「時間」という概念を生活に導入して、それによって高度な社会生活を実現してきた代償なのだと私は思う。
子ども達が家庭や学校で苦労しながら身に付けていく自己管理技能は、数百年かけて達成してきた人類の進歩にキャッチアップするためのものだ。それは、確かに大変なことなのである。
そして幼稚園や学校のたぐいは、本来は時間に対してもっとアバウトであったはずの人間を、現代人として訓練し、現代人として完成させるための社会装置なのだと痛感せずにはいられない。
読み書き算盤を教えるだけでなく、人間を現代人として作り直すための社会装置としての幼稚園。学校。そして家庭。
私達は、そういうものにあまりにも慣れ親しんでいるけれども、本当は、驚嘆に値することではないだろうか。
しかも、そうした作り直しが上流階級やアッパーミドルの子弟だけに期待されているのでなく、国民のほとんど全員に期待されているのだ!
中世人からみれば未来技術としか言いようのないライフスタイルを、先進国の国民の大半が身に付けているのだから、現代は、やはり21世紀である。
我が家の子どもも、スケジュール管理を身に付けるのには四苦八苦しており、現代人の一人として、もどかしさを感じることもある。
けれども、子どもは最初から現代人として生まれてくるのではなく、教育や訓練を通して、現代人に「なる」のである。
数百年ぶんの人類の進歩を身に付けていく子どもを、むやみに急かすわけにはいくまい。
と同時に、スケジュールの自己管理技能を身に付けていく過程が、現代性の獲得であるとともに、本来の人間性の喪失かもしれないことに、私は少しだけ哀惜の念をも抱く。
時間やスケジュールという概念が当たり前になっている社会に生まれ落ちた子どもらは、そこに適応していくしかない。
「時間」に対して無頓着な生き方など、もはやあり得ないのである。
(2025/5/22更新)
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【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)など。
twitter:@twit_shirokuma ブログ:『シロクマの屑籠』
(Photo:Alex The Shutter)