前職、数多くの会社に訪問したが、そこには多くの「陰口」があった。私は外部の人間であったので、そのような「陰口」を数多く聞いてきた。私のような社外の人物は利害関係がなかったので言いやすかったのだろう。
時には「あいつは腹に据えかねる」と、私の前で怒りを爆発させる方もいた。
ところが、「面と向かって、その人に指摘をする」と言う人はほとんどいなかった。
かなり多くの人が不満を持っている。それにもかかわらず、「その人には何も言わない」のが、普通であった。
感覚的には、「はっきりとその人に指摘をする」人は、20人に1人もいなかっただろう。
そういう時に私はいつも、「なぜ本人に言わないのですか?」と、聞いていた。その人がどう考えているか、興味があったからだ。
だが、返事は殆どの場合、「言ってもムダだから、言わないよ。」というものだった。
「そりゃ昔は指摘することもあった。でも、そのたびに反発されたり、言い訳されたり、もうこっちから指摘する気もおきない」
と皆判で押したように回答した。
「注意されているうちはまだマシ」
「人の忠告を素直に聞かない人はダメだ。」
と、何回聞いたことだろう。
私はそれを聞くたびに、「どの会社でも陰口はあるのだな」と思ったものである。
ところがあるとき、その「陰口を言われている人物」と一緒に行動する機会があった。何も話さないのは失礼に当たると思い、私は「仕事は順調ですか」と、何気なく聞いた。
そのとき彼は、「ええ。」と答えた。意外な答だった。
周りの人に疎んじられているのだから、当然「仕事が順調である」とは思っていなかったのである。
私は彼に、「順調なんですか。すごいですね。」というと、彼は堰を切ったように、周りの社員への不満を語り始めた。
「あいつは手を動かさないくせに、文句ばかり言ってくる」
「上司は仕事の邪魔ばかりする。」
「彼女は陰口ばかりだ」
私は、彼がひと通りしゃべり終わると、こう聞いた。
「それだけ周りの人たちの理解がないと、仕事を順調に進めるのは大変ですよね」
彼は、「そうですね。でも私はそういう妨害に負けないように頑張ります」
と言った。
しばらく後、私はその会社の経営者にお会いする機会を頂いた。話は現在のプロジェクトの報告から、今後の展望まで多岐にわたった。
そして、ひと通りの話が終わったとき、経営者は最後に私にこう質問した。
「安達さん、弊社でなにか気づいたことはありませんか?」
私はその件に関してコメントするべきかどうか迷ったが、意を決し、経営者に
「陰口がかなりある」
という話を伝えた。
その経営者はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「それで、安達さんはこの件、どのように考えましたか?なにか私はアクションを起こすべきでしょうか?」
きわどい問である。私は迷った。
が、しばらく後に、経営者にこう言った。「私には判断する材料がありません。どちらの言っていることが本当なのかもわかりません。」
その経営者は少し頷くと、「私もそうです」と言った。
「陰口が多いのは私も知っています。」
経営者は続ける。
「その問に対する答えはひとつしかありません。解決しようとしないことです。私が仲裁すれば表面上は争いは収まるでしょう。しかし、それは長い目で見れば経営者が力ずくで争いを収めたというように見られます。また、そういった争い事は短期的に解決するのは難しいのです。時間に解決させます。」
私は違和感を覚えたのでこう言った。「けれど、業績に影響が出たり、お客様に迷惑がかかったりしませんか?」
「陰口程度は、心配するに及びません。むしろ、社長たる私の目が、その解決のために社内に向いてしまうほうがよっぽど大きなリスクです。」
「なぜですか?」
「正面から私に言うならばまだしも、私が一人ひとりの社員の「陰口」を気にしすぎるほうが、よっぽどお客様に迷惑をかけるからです。陰口の中には私に対するものも多いでしょう。しかし、そんなことを気にするよりも、やらなければならないことは遥かに多いです。」
人間は陰口をいう生き物だ。それはおそらく治せるものではないし、陰口のない組織も存在しない。
だから、そんなことを気にするよりも、やるべき仕事をしたほうが良い。まして、経営者が「自分への陰口」に敏感になっているような会社は先が長くない。
そんな趣旨のことをその経営者は言っていた。
経営者や管理職は心を鍛える必要があるのだ。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
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<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
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