昔、あるメーカーで経営企画職を担当していた時のことだ。

営業部の部長から、

「ウチの商品が絶対に安心で安全という証明書って発行できませんかね・・・」

と相談を受けたことがある。

聞けば、大口顧客との取引が受注寸前で、最後にそのような証明書を出せれば契約してもいいと言われているようだ。

 

しかし仕様書や保証書ならともかく、絶対に安心安全な証明書などどうしろというのか。

安心安全に使えるガスボンベだって火の中に放り込んだら爆発するし、腹痛を治してくれる胃薬でも用法・用量を守らなければ命に関わる。

 

どういうものを書いてよいのかわからず、先方ともう少し要件を詰めて欲しいと押し返すと、

「絶対安心安全の証明が要件なんですよ・・・」

と埒が明かない。

やむを得ず、一度部長に同行し先方の会社を訪れ、どのような証明を求めているのかをヒアリングすることにした。

 

応対に出てくれたのは、若い現場主任だ。

熱気と熱意、仕事への前向きな想いが感じられてとても気持ちが良い。

 

しかし本題の話に入ると、

「実績のある既存商品との入れ替えなので、問題があったら困るんです。なんとか、『絶対に安心で安全』と書面で入れて欲しいんですよ・・・。」

という意味のことを、言いにくそうに繰り返す。

 

(誰かに言わされてるのかな・・・。)

そんな不自然さを感じた私は上司も呼んで欲しいとリクエストすると、程なくして彼の課長も参加して仕切り直しになった。

 

「絶対に安心で安全であると、一筆入れられないのですか?」

「具体的にどんな文面でしょうか。できる限りご要望にお答えしたいと思いますので、お聞かせ下さい。」

 

「何があっても問題が発生しないという趣旨であれば、表現は問いません。今回の商品の入れ替えはそれくらい大きなロットになるので、何かあったら困るんですよ。」

「お約束できるのは製品仕様と、万が一、問題が発生した際の責任の所在と範囲です。どのような条件でも絶対に問題は発生しないというお約束は非現実的で、逆に不誠実というものです。」

 

「では、絶対に大丈夫とは言い切れないのですね?」

 

相当にメチャメチャなことを言っているが、一体何が目的なのか。

最初は価格交渉を有利に進めるための伏線かと思ったが、頑なな態度を見ているとそういうわけでもなく、本気のようだ。

そして、解決の糸口がなく無駄に時間ばかりが過ぎていた時に、若い主任が口を開き事件が起こった。

 

「課長、価格的にも性能的にも有利ですし、この話はなんとか前向きに進めたいのですが・・・」

「わかりました主任。では採用しましょう。しかし、何か問題が発生したら全責任はあなたが取りますね?」

 

「それは・・・」

 

「横から申し訳ございません、課長。それはちょっとどうなんでしょうか。」

「・・・?」

 

「課長は、意志決定権をお持ちの管理職です。決断し責任を取るのがお仕事じゃないのですか?」

「・・・」

 

「決断できず商談見送りでも私たちは構いません。しかし、決断をするから責任は主任が取れとは、それはどうなのでしょうか。」

「・・・元々は、一筆入れられない御社の責任では?」

 

全く生産的な話ができない。

しかしこれは課長個人の性格ではなく、恐らく組織文化だ。

「何かあったらどうするんだ病」が、全社の隅々にまで行き渡っている。

やむを得ずこの日の話はここで切り上げ、一旦会社に戻って作戦会議をすることにした。

 

「責任を取り、プライドが傷ついた」

2015年にアメリカでベストセラーになり、日本語訳も出版された「​Extreme Ownership(究極のリーダーシップ)」という本がある。

日本でも話題になったので記憶に新しい人もいるかも知れないが、この本を書いたのは、米海軍特殊部隊で指揮官を務めた、ジョコ・ウィリンク元少佐だ。

丸太のような腕に精悍な顔つき、刺すような視線が印象的で、どんな武器を与えられても1mmも勝てる気がしない。

 

そしてこのウィリンク氏。

イラク戦争に従軍し、勲章を授与されるなど数々の活躍をするのだが、2006年の春に致命的な大失敗をやらかしている。

敵との戦闘中に同士討ちをやらかし、多くの死傷者が発生してしまったのだ。

 

その戦闘では、同士討ちに至るまでに数多くのミスが発生していた。

部隊をコントロールできず、戦闘の中で統制を失い部下を大混乱に陥らせてしまった指揮官。

混乱の中で、自部隊の位置を正しく味方に伝達しなかった指揮官。

味方を敵と誤認し、実際に射撃命令を出してしまった指揮官。

 

ウィリンク少佐は、戦闘の中で自分の部下たちが犯したそれら過ちを全て把握していた。

そのため、この大事件の顛末について上司から報告書を求められた時、誰の過ちでこのような事態を招いたのかを、ありのままに書こうとする。

 

しかし、それは何かが間違っていると逡巡し、報告書をまとめられずにいた。

そして審問が始まるわずか数分前、ウィリンク少佐は突然、どのように報告すべきかを悟り、その足でデブリーフィングに向かうことになる。

 

審問の部屋には調査官が待ち構えており、すぐに報告をするよう命令する。

背後には、実際に過ちを犯した指揮官たちが全員揃って、上司の言葉を待っている。

おそらくこの事態にもっとも重い責任を負うものは、クビになるだろう。

 

するとウィリンク少佐は彼らの方に向き直り、短く言った。

「Who’s fault was this?(この事態を引き起こしたのは、誰の過ちか)」

 

すると部下たちは次々に、自分の過ちであると申告した。

その内容は正確で彼が把握している通りであり、部下たちは全員がこの事態に対し自分が責任を負うと申し出た。

 

しかし彼はその一つ一つを否定し、

「違う、お前の責任ではない」

「お前の責任でもない」

と言い続ける。

 

そしてひとしきり部下たちの申告が終わると調査官に向きなおり、こう申告する。

「これは私の過ちです。全責任を負うべきは、私をおいて他にいません。」

 

単純な美談のようだが、そういうことではない。

ウィリンク少佐が理解したのは、

「責任を負うべきは意志決定権者であり、実行した部下ではない。」

という極めてシンプルな真理だ。

そして部下たちもまた、自分たちのボスは意志決定の責任を部下に転嫁するような人ではないと確信していたので、自分の過ちを堂々と告白することができた。

 

このような組織は、本当に強い。

そして当然のことながら、この戦闘における悲惨な失敗と犠牲は、大きな教訓になるだろう。

当事者全員が、正しく、ありのままに自分の非を認め、真実を語るのだから。

 

ではウィリンク少佐は、部下の失敗を引き受けた自分に“酔って”いたのかと言うとそれも全く違う。

彼は「これは自分の過ちです」と申告する時、

「It hurt my pride to take the blame.(責任を取り、プライドが傷ついた)」

と延べ、本当に悔しかったと本音を吐露している。

自尊心をズタズタにされ苦しかったとも。

 

しかし彼は、自分が高潔なリーダーであるためには、自尊心をコントロールしなければならないと理解していた。

自尊心が自分をコントロールするような安っぽいリーダーになど、誰も付いてこないことも。

そんなリーダーは危機に際し、喜び勇んで「これは部下の責任です!」などと言ってしまうのだから。

 

彼のようなリーダーなら、本当に信頼できる。

きっと誰しもが喜んで、命を預けて戦うことができるはずだ。

 

組織の性格は結局、トップの性格になる

話は冒頭の、「何かあったらどうするんだ病」に苦しむ会社の話だ。

結局私は、課長を飛び越え部長も飛び越え担当役員に直接アポイントを取ると、文字通り鶴の一声を引き出し、すんなりと契約を取り付けることができた。

現場を知り尽くす主任が「価格的にも性能的にも有利」と判断しているのであれば、決まらないわけがない商談だった。

 

しかしこれは決して、課長が悪いという話ではない。

ウィリンク氏が言うように、自分が決断したこととは言え、部下のヘッポコな失敗にまで全ての結果責任を負わされるのは、やはり心が痛む。

「自分の失敗ではない」と、弁解したくなる。

 

しかも多くの大企業では、失敗の全責任を引き受けても管理職には何一つ利益が無く、下手したら懲戒処分を食らうだろう。

さらに、果敢な決断をしてリスクを取り成功しても、次のボーナスが増えるわけではない。

 

であれば、リスクのある決断などなるべく下さず、無難な立ち回りを選ぶに決まっている。

さらに、何かあったら躊躇なく部下に責任を取らせ、

「アイツのせいで失敗しました」

と報告書を上げてしまうのも、無理のないことだ。

 

実際に後日、担当役員のところに契約のお礼にお伺いした時に、こんな会話があった。

「組織がここまで大きくなると、今回の課長のように責任を怖がる幹部が出てくるんだわ。何を怖がってるんだか。」

「しかし常務、仕事に失敗した部下を厳しく叱責したことはありませんか?」

 

「俺なんか優しい方やけどなあ・・・」

「では、『失敗を恐れず、新しいことに果敢に挑戦しろ』と、言い続けてますか?」

 

「うーん・・・」

失敗した部下を強烈に叱責している上に、挑戦を奨励していないことは明らかだった。

 

結局のところ、この「何かあったらどうするんだ病」の病根はほとんどの場合、トップマネジメントの姿勢にある。

課長の極端なリスク回避の姿勢はそれだけ、上司からの詰められ方が怖いことの現れであり、決断に利益がない人事制度の裏返しそのものだ。

 

そんな組織にあって、ウィリンク氏のような上司を持つことができたら、ビジネスパーソンにとってこれほどの幸せはないだろう。

 

そんな上司のためなら、全力で仕事に取り組みたいと、誰もが思うのではないだろうか。

だからこそぜひ、多くのビジネスパーソンには自分自身こそが、ウィリンク氏のような上司を目指して欲しいと願っている。

上司の行動を変えることはできないが、自分自身なら、いつでも変えることができるのだから。

 

 

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(2021/11/29更新)

 

 

 

【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
テレビでよく見るスマート家電に憧れ、「アレクサ!電気消して!」で消える照明を部屋に入れました。
しかし数回使っただけで飽きました。
豪邸じゃあるまいし、口に出すより手を動かしたほうが早いっす

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