昔いた会社で、実際にあった話をします。
なにせ狭い業界で特定が容易なんで、細かいところはボカさせてください。
その会社には、主力製品の一つに、あるパッケージソフトがありました。
仮に、そのソフトの名前を「A太郎」とします。念のため断っておきますが、某ワープロソフトとは何の関係もありません。
その当時、そのソフトは顕著に売上を落とし始めていました。一時期は売上の内の結構な割合を占める程の売れ筋商品だったのですが、期を追うごとにどんどん販売数が減ったり、保守サービスが解約されたりし始めたのです。
当時の経営陣は元々システム畑の人たちで、システムのことは分かりますが、市場やマーケティングのことはよく分かりませんでした。
彼らは、主に営業チームを中心に、「売上低下の原因を探り、改善策を検討する」ことを至上命題として、検討チームを設置しました。
そのソフトがどんなソフトだったかというと。
具体的な言い方をすると一発で特定されてしまうので、ちょっとたとえで話させてください。
簡単に言うと、「秀term」とか「ハイパーターミナル」みたいな立ち位置(飽くまで立ち位置だけですが)のソフトだったのです。
皆さんパソコン通信って知ってますか?簡単にいうと、「横のつながりがないインターネット」みたいなものでして、各サーバに情報を取りにいって、掲示板を読んだり書き込んだりデータをアップロードしたりするんです。NIFTY-Serveとか東京BBSとか、懐かしいですよね。
そのパソコン通信をするには、上で挙げた「秀term」みたいな「パソコン通信用のターミナルエミュレーター」が非常に重要、というかほぼ必須でした。今でいうブラウザみたいなものだと思ってください。
パソコン通信は一時期非常に隆盛しまして、パソコン通信をやっている人たちは、殆ど例外なくこれらのソフトを使っていました。
A太郎も同じく、とある業界に属する、多くの法人・個人から重用されていました。
ところが、みなさんご存知の通り、インターネットが発展・普及するにしたがって、パソコン通信はどんどん下火になっていきましたよね。
当然、それに伴って、「パソコン通信用のソフト」というのも必要とされなくなっていきました。
ハイパーターミナルだって、だいぶ前にWindowsにバンドルされなくなりましたしね。Netscape NavigatorやIE、Mozilla Firefox、Safariといったインターネットブラウザにとって代わられていったのです。
当時A太郎が使われていた業界でも、それに似たようなことが起きていました。
インターネット程ドラスティックな変化ではありませんでしたが、業界そのものの構造の変化と、それに伴う需要の変動が同時に発生しつつあり、必要とされるものも根本的に変わっていきました。
つまるところ、A太郎は既に「業界での役目を終えつつある」ソフトだったのです。
営業の担当者自身は、なにせ直接当該業界とのやり取りを行っていたので、そのことに薄々気付いていました。
そして、「いやもうこのソフト売れないですよ、しょうがないですよ」という話も上に挙げてはいたのですが、元々の至上命題が「売れない原因を追及して改善しろ」であって、つまりそれがなんであろうと「改善案」を出さないといけなかったのです。
その為、検討チームのメンバーも「このソフトはもう売れない、見捨てるべき」という結論を出すことは出来ませんでした。
彼らは、例えば顧客からの個別のアンケートや、自分たちがソフトを実際に利用することによるモニタリングといった、アナログな手法で「ソフトの問題、改善点」を探しました。
その結果、検討チームからは、今から考えれば恐ろしい程見当違いとしか思われない、様々な「改善案」というものが提案されてきました。
・保守サービスの拡充
・UI上使いにくい部分の改善
・デザインの一新
・追加機能の開発
・広告宣伝の拡大
などなど。
お気づきと思いますが、これ「スマホが普及し始めた頃に、ポケベルに多額の開発費用をぶち込む」ようなものですからね。無駄金、無駄工数以外の何者でもありません。
こうなった原因は、多分複数あったと思います。
・経営陣がシステム畑の人たちであり、マーケティングや市場調査の重要性を軽視していたこと
・それに伴い、マーケティングに知識を持った人材が、経営陣に近いところに育っていなかったこと
・検討チームに経営陣が参加しておらず、権限が限定されていたこと
・それに伴い、例えば「当該ソフトのサポート自体の停止」のような、方向性を根本的に変える提案をすることが出来なかったこと
・検討チームの検討自体、「ソフトのどこかが悪い筈、悪いところはどこだろう」という前提に基づいた、客観的なデータに依拠しない検討だったこと
・UIの改善のような、「システム屋にとって分かりやすい結論」に経営陣が飛びついてしまったこと
要は、会社自体が「データときちんと向き合わず、きちんとした分析を怠ったまま、「分かりやすい悪役」を探してしまった」んですよね。
この後、会社は「改善チーム」というものを設置して、そこに配属されることになった私も色々とエラい目に遭うんですが、まあ本題と逸れるのでそこは割愛します。
今から考えると「なんでそんなアホらしいことになるんだ」と思いますが、それは今だからこそ言えることで、当時下っ端だった私も、「UIやデザインが古臭いから売れなくなった」とだけ言われれば「ほー、そうなんや」としか思いませんでした。
後から考えれば明白に思える結論でも、実際その場にいると案外分かりにくかったりするんです。
経営陣からすると、分かりやすい結論が出てくることが大事。「取り敢えず何か対策をとった」「ともかく改善に向けて動いている」という事実に安心することが大事。
会社が本来すべきことは、きちんと裏付けのある材料を集めて業界の変動を認識し、その変動に応じて新たな形態の別のパッケージを開発することだったのですが、結局誰もその判断ができないまま、無駄な労力だけが費やされ、会社はずるずると業績を落としていってしまうことになった、という話なのです。現代のイソップ童話みたいなもんです。
これ、色んな業界の話聞いてると、多分そんなに珍しい話じゃないんですよね。似たようなケースって、結構日本のあちこちで見つかると思います。
ところで。
いきなり話は変わるんですが、先日、こんな記事を見かけました。
「図書館で文庫本貸さないで」文芸春秋社長が訴え 「文庫は借りずに買ってください!」
「どうか文庫の貸し出しをやめてください」——文芸春秋の松井清人社長が、10月13日の「全国図書館大会 東京大会」でこんな訴えを行うことが分かった。
図書館での文庫貸し出しが文庫市場の低迷に影響しているとし、読者に対しても「文庫は借りずに買ってください!」と訴える。
私にはこれが、A太郎と同じケースに見えています。
勿論、きちんとしたデータがあって、「図書館の文庫貸し出しで毎年〇〇億の売り上げが失われている」という話が出来るのであれば、それはそれでこういう申し入れはされていいと思うんですよ。
そこは業界として当然やるべきことです。
ところが、例えば「確たるデータはないが、近年、文庫を積極的に貸し出す図書館が増えている」とか、「計量経済学的研究によると、図書館は出版物販売に負の影響は与えていないとの結果が出されている」といった記載を見ていると、データ的には「図書館の貸出で販売数が落ちる」という話は証明されていない、というかむしろ既に否定されているっぽいんですよね。なんでそれを無視するんだろう、と。
となれば、図書館に「文庫を貸さないで」というのは全く問題解決につながらない、ヘタをすると逆効果にすらなりかねないと思うんですが、どうもそういう話にはなっていない。図書館を悪者にする話、以前からちょこちょこ出てますよね。
つまりこれ、「データにきちんと向き合わない、分かりやすい悪役探し」という、まさにA太郎がハマったことと同じことをやってるようにみえるなあ、と。
「図書館で借りるだけ借りて本を買わない利用者」という、データには基づかないけれど分かりやすい悪者を設定して、それを責めることで何かやったような気になっているようにみえるなあ、と。
こういう無意味な悪役探しって、やったとしても誰一人、本当に誰一人幸せになれないと思うんですよ。
データは非情です。時には厳しい結論に直面することもあるかも知れませんし、より困難な道を選択しなくてはいけなくなることもあるかも知れません。
ただ、一人の本好き、出版業界にお世話になったこともある、かつ「悪役探し」でえらい目にあった経験があるものとしては、是非「悪役を探すこと」から離れて、別の可能性、方向性を模索して頂きたいなあ、と思った次第なのです。
長くなりましたが、今日書きたいことはそれくらいです。
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【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
(Photo:Jeremy Noble)