企業において、営業の領域や、人事の領域においては、まだまだ「経験則」を重んじる会社も多い。

だが、最近では各種データが手に入りやすくなり、統計的手法が用いられやすくなってきたためか「ビジネスの権威や先輩」の経験則に各方面から猜疑が投げかけられている。

 

例えば管理職の大きな悩みのひとつに、「部下をほめて伸ばすか、それとも叱って育てるか」という難題がある。

 

年配の方は「厳しくしないと育たない」と経験則を述べるが、最近の管理職向けの研修などでは、

「最近の若手は叱られ慣れていないから、叱るのはやめたほうが良い」

など、意識変化を促すような内容も語られる。

 

一体どちらを信じたら良いのだろうか。

 

ノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマンはイスラエル空軍の指導教官にたいして「訓練効果を高めるための心理学」を教えていたときのエピソードを紹介している。

カーネマンが「部下は叱るよりも褒めるべき」とベテランの教官たちに説明した時の話だ。

私が感動的な講義を終えると、ベテラン教官の一人が手を挙げ、自説を開陳した。それはこうだ。

うまくできたら誉めるのは、たしかにハトでは効果が上がるのかもしれないが、飛行訓練生に当てはまるとは思えない。訓練生が曲芸飛行をうまくこなしたときなどには、私は大いに誉めてやる。

 ところが次に同じ曲芸飛行をさせると、大体は前ほどうまくできない。一方、マズイ操縦をした訓練生は、マイクを通じてどなりつけてやる。すると大体は、次のときにうまくできるものだ。*1

 だから、誉めるのは良くて叱るのはだめだ、とどうか言わないでほしい。実際には反対なのだから。

 こうして、統計と経験則の主張は、往々にして食い違う。

 

だが、実はこれには既に正解が出ている。

実際には「褒めても叱っても結果は同じ」なのである。

カーネマンはこんな説明をしている。

教官が観察したのは「平均への回帰」として知られる現象で、この場合には訓練生の出来がランダムに変動しただけなのである。

教官が訓練生を誉めるのは、当然ながら訓練生が平均をかなり上回る腕前を見せたときだけである。

だが訓練生は、多分その時たまたまうまく操縦できただけだから、教官に誉められようがどうしようが、次にはそうはうまくいかない可能性が高い。

 同様に、教官が訓練生をどなりつけるのは、平均を大幅に下回るほど不出来だったときだけである。したがって教官がなにもしなくても、次は多かれ少なかれましになる可能性が高い。

つまりベテラン教官は、ランダム事象につきものの変動を因果関係に当てはめたわけである。

ほめようが叱ろうが同じ結果を生むのであれば、人間関係が円滑に回るほうが良いのは当然である。

 

以上のような「誉める叱る論争」に限らず、企業の現場では依然として「オカルト」とも呼ぶべき経験則信奉が数多くある。

 

例えば、「営業はとにかく相手に尽くせ」と述べる「もとトップ営業マン」が世の中には数多くいる。

お客さんにこちらから与え続ければ、それを感じ入って、それ以上の見返りをもたらしてくれる、という経験則である。

 

しかし、ペンシルベニア大学ウォートン校のアダム・グラントは「いい人である」だけでは絶対に成功できないと言い、あるコンサルティング会社のマネジャーの事例を取り上げている。

バウアーは頭がよく有能で、やる気にあふれていたが、あまりに人のことを考えすぎていたために、自分の評価や生産性を危うくしていた。

「どんなことにも、決してノーと言わない人ですね」と、ある同僚は言う。「あまりに気前よく自分の時間を割いたので、お人好しすぎると思われてしまったんです。それで、パートナーへの昇進が延び延びになってしまった。」*

彼はコンサルティング会社の3600名を対象とした研究を引用し、「ひたすら与える人」は昇給率、仕事の速さ、昇進率すべての面で他者にくらべて劣っていると実証した。「ひたすら与える」だけでは成功することは難しい。

 

他にもある。

「人を見る目がある」「最初の◯分で人を判断できる」というのも、本当かどうかは疑わしい。

例えば、Googleの統計に寄れば、「面接が上手な人」というものはほとんど存在しない。5000件の面接を分析すると、ほとんどの「個人の判断」は、「多数の人のフィルターを通した判断」より精度が劣ることがわかっている。*3

 彼らの分析に寄れば、面接は4回行うのが最も最適で、誰かの「この人は良い」という判断は、概ね役に立たない。

 

 だからお偉いさんの「人を見る目がある」などという言葉は、人材の質を表すのではなく、ほとんどの場合においてその人の好みを表すにすぎない。

実際には、それは人を信じて痛い目を見たことを忘れており、また人を信じて成功した時の記憶だけが残っているというだけである。

 

さらに「経験年数が多いほうが、スキルが高い」についても、統計は猜疑を投げかける。

例えば、ハーバード・メディカルスクールの研究チームはこんなデータを発表した。

医者としての活動年数が長いほど能力が高まるのであれば、治療の質も経験が豊富になるほど高まるはずである。しかし結果はまさにその逆だった。

論考の対象となった60あまりの研究のほぼ全てにおいて、医師の技能は時間とともに劣化するか、良くても同じレベルにとどまっていた。

年長の医師の方が遥かに経験年数の少ない医師と比べて知識も乏しく、適切な治療の提供能力も低く、研究チームは年長の医師の患者はこのために不利益を被っている可能性が高いと結論づけている。*4

これは医師だけではなく、他業種のベテランであっても似たようなことが言えるだろう。

年功給は「ベテランほど技能が高い」ことを前提としているが、こういった研究結果を見ると、それは事実と反することがわかる。年功制の崩壊は、必然であったのだ。

 

 

こうしてみると、総体的に言って、「経験と年次による秩序」は破棄され、「データと科学的手法による秩序」が企業の現場を変えつつあり、かつ実績をあげている。

「AIの活用」を掲げる企業が多いのも、この潮流だろう。

 

それらは「経験だけはあるが、実は仕事ができない人」を、今まで以上浮き彫りにするのである。

 

 

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