4月である。今日から新任の管理職となった方もいるだろう。

ただ、管理職という肩書を得ても、その人に部下が付き従うかどうかは別の問題である。国も、企業も、自治体も、町内会も、部活や子どもたちのコミュニティですら例外ではない。

 

実際、管理職たちは下から厳しい目で見られる。

彼らが「他者から決定を委ねられている」ということは、それだけ彼らの統治能力が高くなければならぬ、ということでもあるのだ。

 

だが、組織における管理職の統治能力とは一体なにを指すのだろう。

 

この質問をすると、

ある経営者は

「ビジョンを示すことだろう」

と答え、またとあるマネジャーは、

「人格である」

と答える。

 

確かに、管理職研修のテキストを読めば、そう書いてあるし、実際に大事だ。

しかし、それらはあくまでも「きれいごと」に過ぎない。我が身を振り返って見てほしい。現実的に、上司にそれほどビジョンや人格を求めたことがあるだろうか。

 

実際には、そういったフワフワしたものではなく「給料を上げてくれる管理職」や「面白い仕事を与えてくれる管理職」のほうが、はるかに支持されるのである。

「給料を上げてくれない人格者」ほどムカつく上司はないだろう。

 

ごまかさずに言えば、組織統治能力の本質は、構成員の期待に応えることなのだ。

 

統治能力の欠如、すなわち下からの期待に応えることができない人物が統治している組織は、程なくして人々はその組織から去り、組織は崩壊に至る。

飛ぶ鳥を落とす勢いの企業が、数年で凋落する姿を見ると、上に立つ人物の統治能力の欠如は、致命的であるとよく分かる。構成員の要求に応えることができない組織のマネジャーは、いかに人格が高潔であろうと、役立たずである。

 

だが、これは部下への迎合とは異なる。

迎合する上司に付き従う部下はいない。迎合するのではなく、部下の欲求を先取りすることが重要だ。

そうすれば、マキアヴェッリが言うように「非情さ」すら、むしろ下からの支持を厚くするのに利用することができる。

 

したがって、管理職の「統治能力」とは、きれいごととは程遠い、組織の構成員を上司に心酔させる実務的な能力のことである。

例えば、以下のようなものだ。

 

1.自分は現実をそのまま見ること。部下には彼らの望むものを見せること。

ユリウス・カエサルが指摘したように、大抵の人は自分の見たいものしか見ない。いわゆる、認知バイアスである。

為政者たるカエサルはそのことをよくわかっており「戦闘の前の占い」を必ず良い結果が出るように仕組んでいた。兵士を勇気づけるためである。

 

例えば、ある会社の管理職は組織をまとめるため「我々はすごい」と、部下に言いまくっていた。

いい管理職は、事あるごとに「うちの会社はすごい」と連呼する。

大抵の人は自分を「有能な集団の一人である」と思いたいので、「組織のレベルの高さを強調すること」は下をまとめるのに、役に立つツールであるし、社員にそれを語るのは自由だ。「自社のサービスに対する盲信」は、時には役立つ。

 

だが、上に立つ人物がバイアスの掛かった、自分にとって都合の良い情報だけを信じるようになったら、組織はおしまいである。真に人の上に立つ人物は、自分に都合の良い情報を喜ばず、都合の悪い情報を尊ぶ。

すなわち、自分だけは「過信」から距離を置く必要がある。現実を見なければならない。

 

2.自らは感情的にならず、人の感情はうまく利用する。

多くの心理学者が指摘するように、殆どの人は、理性より感情で動くことがわかっている。そのほうが「より人間の本能に近い」のだ。

だから管理職であれば、「部下の感情」をうまく利用しなければならない。

 

例えば私の知るある管理職は、感情を利用することがうまかった。

例えば有能な新人を最初に必ず「厳しい事を言うお客さん」に行かせることにしている。鼻っ柱を折って、悔しい思いをさせるためである。(当然、その管理職はお客さんに失礼に当たらないよう、事前に話は通してある)そうすることで有能な人間はもっと有能になった。

 

また、そうした体験をして悔しい思いをしている人に優しい言葉をかけることにより、組織の連帯を深める事もしていた。人間はうまく言っている時は人のアドバイスを聞かないが、苦境にあれば人の言うことを聞くからだ。

 

しかし、逆に管理職は感情で動いてはならない。

人の上に立つ人物が感情的な場合、部下は常に不安定な状態に置かれる。それを望む部下はいない。

独裁者になりたくば、あえて感情的に振る舞い、部下に自分の心の中を予想させないというのが統治の定石だが、歴史上の独裁者達を見れば、独裁のコストは非常に大きい。

当然その結末は、ご機嫌とり、疑心暗鬼を経ての、組織崩壊である。

 

3.説教ではなく率先垂範

部下は、管理職の真似をする。なぜなら、それが自分の評価を上げる最も効率的な方法だからだ。

だから、管理職が口は達者だが、行動することはない評論家である場合、部下もそうなる。逆に管理職が「率先垂範」を体現している場合、部下もそれに続く。

 

例えばある管理職は、人に新しいことをやらせる時、必ず「自分がそれをやる」ことから始める。

日報を営業全員に書かせたい場合、部長自らが日報を書いて、公開する。テレアポをやらせたいなら、課長自らがテレアポを頑張る。

 

実は、それは極めて合理的だ。

人に「行動してみよう」と思わせるものは、上に立つ人物が身をもって示した何かだからだ。管理職は決して、「上は言うけど、お前はやってないじゃないか」と言われてはいけない。

 

したがって「行動しないやつが多い」と愚痴を言う管理職は最悪である。それは、往々にして率先垂範が行われていないだけである。

 

4.部下の満足が最優先

管理職は、まず部下を見なくてはならない。

なぜなら、管理職はその部下を通じてのみ、顧客へサービスができるからだ。

 

だが、お客様のため、会社のため、と説教をしても全く社員には響かない。

多くの人が、自分が満ち足りてはじめて、「他者のこと」を気にかけることができるからだ。

「貧すれば鈍する」は事実である。

「顧客志向」を実現したければ、管理職は、従業員志向を体現することから始めなければならない。

「従業員同士の助け合い」は、従業員が「自分はサポートされている」と感じていて初めて実施される。

 

そして、注意しなければならないのは、ほとんどすべての人が「短期志向」という点だ。人は先の見えないことに耐えることはできない。

 

したがって、組織を統治するためには、短期的な満足を与える刺激を数多く用意しなければならない。

例えば、すぐに成果が出るような仕事、1ヶ月単位でのボーナス、頻繁な賞賛の言葉……

こういった「短期的な刺激」を部下は求めている。

 

 

 

上を読んで、「部下をバカにしている」と感じる人もいるかもしれない。

しかしこれはバカにしているのではない。

大学での研究や、マネジメントの実務を通じて得られた「人間とは、そもそもこういうもの」という知見にすぎない。

 

だが結局のところ、人の上に立つ人物は、言ってしまえば

「現実を見る、嫌な奴」である。

現実に人を動かすとは、そういうことだ。

 

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