ちょっと前のこと。

妻が、ホームベーカリーを前にして、ウンウン言っていた。

 

「どうしたの?」と聞くと、「今までとは違う小麦粉を買った。」という。

「なんで焼かないの?」と尋ねると、どうやら今までの小麦粉と膨らみ方が違うと本で読んだので、躊躇しているという。

 

悩んでても結果がわかるものではないので、

「とりあえず、今までと同じやり方で焼いてみりゃいいじゃん。それ見て調節したら?」というと、

「うーん、でも……。」

と腰が重い。

 

たとえパン焼きであっても、新しい試みは、考えなければならないことが飛躍的に増える。

「まあ、面倒だよな……。」と思ったが、急かすことはないと思い、「がんばれ」と言ってその場を立ち去った。

 

 

別の日。

子供が、あさがおの観察日記を書いていた。

 

ところが、書き始めてしばらくして、固まってしまっている。

「どうしたの?」

と聞くと、「うまくかけない。失敗した」という。

色鉛筆で書いてしまったので、消すことができない。

また、学校指定の様式に書くのだが、その様式が1枚しかない状況だった。

 

そこで、手伝うことにした。

スキャナで取り込んで、写真加工ソフトで絵を消し、様式のみをプリンターで出力する。

これで様式のデータが出来上がったので、何回失敗しても大丈夫だ。

 

ところが、「何枚くらいいる?」と聞くと「1枚でいい」という。

「うまく書きたいのなら、何枚か書いてみて、できが良いのを提出すればいいじゃん。」

というと、しばらく考えている。

 

「じゃ、紙5枚くらいとりあえず出しておこうか?」

というと、彼女はしばらく考えていたが、「うーん。」と言った。

 

なにか渋っているので、後で話を聞くと、

「書き直しは嫌だな、と思った」という。

 

私は「何度でも書き直せるので、気が楽になった」というかと思ったが、どうやら大きなお世話だったようだ。

単純に「書くのが面倒」だったのだ。

 

 

知人から「企画書を書きたいのだけど、書き方を教えてほしい」と言われた。

私は、参考になりそうな資料をいくつか渡し、アドバイスをした。

 

「けど、実際に書いてみないと、ちゃんとしたアドバイスはできないよ」

というと、彼は「書くので、見てほしい」という。

 

しばらくして。

私が「書いた?」というと、

なんと知人は「まだ書いていない」という。

 

「そっか。」というと、

「なんか、うまく書けないんだよね……。」とゴニョゴニョいう。

 

残念ながら「書かない人」には、これ以上なんともできない。

 

ただ、「書いたら見せろ」というのは不躾だったかも知れない。

反省である。

そこで、

「最初はみんな下手だから、恥ずかしがる必要はないと思うよ」

とやんわりいうと、

「恥ずかしいわけじゃないけど……」という。

 

そこで、「ははーん……初めてだから、腰が重いんだな。」と思い、率直に聞いた。

「書くのは大変だよね。ここで見てるから、今ここでやったら?」

 

「……助かる。」

 

 

私も、若い時はよく勘違いしていた。

多くの人が「やらない」理由はほとんどが「失敗が怖いから」とか「やり方がわからないから」なのだと。

 

だが、それは嘘だった。

別に怖くもないし、やり方も聞いたり調べたりすれば、たいていわかる。

単に「初めてのことは、面倒くさい」のだ。

 

そう考えると、いろいろなことに説明がつく。

 

会社で新しい試みを推進するのも。

「怖い」だけならば、「大丈夫、思い切りやればいい。」と上司がバックアップすればよい。

だが、「面倒くさい」は、突破できない。

 

SNSをやっていない人に「やったほうがいいよ」とおすすめするのも。

「よくわからないので怖い、でもやりたい」ならば、情報を与えて、やり方を伝えれば始めるかもしれない。

だが、「面倒くさい」に対しては無力だ。

 

転職したことのない人に、「自分の市場価値を知っておいたほうがいいのでは?」と転職活動を推奨するのも。

「やったことないので怖い」ならば、いくらでも手法はある。

だが「面倒くさい」と言われたら、それでおしまいだ。

 

 

実は、「面倒くさい」というのは様々な感情に隠れて、最も強固に人間の活動を抑制している。

 

例えば、今の仕事のやり方に対して「効率わるい」と文句を言う人に、「じゃ、もっといいやり方を提案しなよ。」と言っても、何も提案しない人が圧倒的多数だ。

また、今の仕事が「つまらない」と文句を言う人たちに、「じゃ、転職するか、異動願いを出せばいいじゃない」と言っても、全く響かないだろう。

それは「面倒くさい」を言い換えているだけなので、あれこれ解決策を出してもダメなのだ。

 

 

だが「面倒くさい」は人に言いたくない。

職場で何か頼まれたときに、「面倒くさい」などと言おうものなら、「ダメなやつ」と思われるし、自分が面倒くさがりだと認識するのはプライドに関わる。

 

だから表側は皆、「効率が悪い」とか「費用対効果が合わない」とか、きれいな言葉で繕う。

実際そうかも知れない。

でも、私が知る限り、動かない理由の本音は殆どが「面倒くさい」だ。

 

だから私は、コンサルタントをやっているとき、

「費用対効果」とか

「効率」とか

「手順が定まっていない」とか

「リスクが見えない」とか

言う人たちは、ひとまず「面倒くさいんだな。」とみなして、できるだけこっちで面倒な部分を引き受けるようにしていた。

 

もちろん、彼らの体裁に配慮して、

「面倒くさいんですよね?」とか無粋なことは言わない。

「皆様には、大事な仕事に集中していただきたいので、こっちでやりましょうか?」

という。

「今ここでやりましょうか?」

も効果的だ。

 

そうすれば、少なくとも物事は進む。

逆に言えば「面倒な部分を引き受けてくれる人」はあまりいないので、非常に重宝される。

 

こうして、私は多数のクライアントを獲得した。

「知恵」ではなく「戦略」でもなく、「面倒を引き受けてくれる人」のが、実は最も好まれる。

 

 

「企業」においては、上のように面倒なことを、泥臭くやってくれる誰かに全部投げてもいい。

それが賢い選択であるときもある。

 

だが「自分の人生」はどうか。

残念ながら、面倒で、泥臭いことが、必ず発生する。

 

例えば宿題。

例えば語学、プレゼンなどのスキルの習得。

例えば転職。

例えば新しい機会の獲得。

例えば体調管理。

例えばパートナーとの関係構築。

例えば親孝行。

例えば休暇を取ること。

こういったものに対して「面倒くさい」と逃げていては、あまり良い結果は期待できない。

 

前の記事で、「豊かさとは、経験のバリエーションのこと」と述べた。

しかし、バリエーションを獲得するためには、最大の障害である「面倒」を克服しなければならない。

「いつも同じこと」

「知っていること」

「やったことのあること」

「簡単にできること」

は、安心、安全ではあるが、経験のバリエーションを増やさないからだ。

「面倒だ」は、あらゆる意味で、人生を貧しくする。

 

だから結局のところ、「面倒」の克服こそ、豊かさを得る手段なのだ。

 

とすれば、我々はどうすべきだろうか。

 

これは、私のマネジメントの大きなテーマでもある。

一朝一夕に解決するものではない。

例えば、下のように様々な記事も書いた。

 

人は、記録をつけると、行動が変わる。継続できる。人生が変わる。

「なんでこんなに仕事が手につかないんだろう?」と悩む人に読んで欲しい話。

なぜ35歳を超えると頑張らなくなるのか。それはロールプレイングゲームの終盤と同じだから。

生産性向上のためにやってみた28個の施策と、その結果。

彼がどうやって先送り体質を改善したか。

人に「意識改革」を求めてもあまり効果はない。仕組みからアプローチする。

仕事に必要なのはモチベーションではなく、プロ意識である

行動したいなら、自分がそう遠くない将来に死ぬという事実について深く考えてみるといい

ある研究者から教えてもらった、努力を継続する方法論

 

上を見るとわかるが、基本的に私は「仕組み志向」なので、機械的に努力を継続できる仕組みを作ってしまうのが楽だと思っている。

 

が、ストレートなメッセージも、時に役に立つ。

ともに頑張って生きよう。

 

◯Twitterアカウント▶安達裕哉(人の能力について興味があります。企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働者と格差について発信。)

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

【著者プロフィール】

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