御覧ください、この立派な石。宮崎県の都城から出てきた炭酸カルシウムの塊であり、なんと約4000万年前に生まれたものです。「天然のコンクリート」と呼んでも良いかもしれません。
4000万年もの長い間、この石はその形を保ってきました。恐るべき安定性と言えます。中には1億年以上もの間、化石を封じ込めたまま現代までその形を保ってきた石もあります。
ところで、皆様はこの石は出来上がるのにどのくらいの時間がかかっていると思いますか?1万年?100万年? いえいえ、実はたったの数ヶ月です。この発見は英ネイチャー誌のサイエンティフィック・レポートに掲載され、また新聞にも掲載されるほどの大きな発見でした。
そんな驚きの発見をした先生がここにいます。名古屋大学 名古屋大学博物館(大学院環境学研究科兼任)教授の吉田英一教授です。吉田教授は主に「岩石中の元素の移動」について研究をしています。
このままでは何のことだかよくわからないので、お話を聞いてみました。
−岩石中の元素の移動、というのはどのような研究なのでしょう?
そうですね、そう言うとなんだかややこしいので、もう少し噛み砕いて言いましょう。例えばこの大きな約4000万年前の石。この石ができるのって、すごく不自然なことだと思いませんか?
我々は「コンクリーション」と呼びますが、これは炭酸カルシウムの濃集体なんです。自然界で勝手に何かが濃集することはかなり珍しい現象です。
−なぜですか?
エントロピー増大の法則に逆らっているからです。例えばビーカーの中に、インクを一滴落としたとします。しばらくするとどうなりますか?
インクが全体に拡散しますよね、でも、この石は逆のことが起きているんです。ビーカの中のインクが勝手に集まるようなものです。どうでしょう、不思議ではないですか?
−確かに不思議です。
まさに、これはこれは1世紀近くの地球科学の歴史の中での、究極の疑問の1つなのです。人類は、この炭酸カルシウムの固まりの形成プロセス、速度について、ほとんどわかっていなかった。
そういったことを調べるのが、私の研究です。主に地上から地下1000メートル、水と岩石がある部分の物質変化、状態変化を追っています。
−具体的にはどのようなことを調べているのですか?
つい先日、Natureのサイエンティフィック・レポートに出た研究が面白いと思いますので、お話します。この写真を見て下さい。面白い形の石でしょう。
この石は、「ツノガイ」という貝の化石なのですが、何故かの口の方にのみコンクリーションが形成されています。不思議な形ですよね。
これは、富山県の八尾地域の約2000万年前の地層から発見されたもので、形成から長い年月を経ているにもかかわらず、非常に保存良好です。
ところで安達さん、この丸い部分ですが、どうやってできたと思いますか?
− なんとも、想像がつきませんが…。
我々の調査では、貝が死ぬと、貝の軟体部分、有機体が腐り、周辺の海水中のカルシウムイオンと反応して、炭酸カルシウムをつくり、このような姿になります。有機体がなければ石はできない。
実際、切って断面を見てみると、ツノガイの筋肉組織の跡が残っている。
そこで思いました。「筋肉組織の跡が残っているということは、石の形成されるスピードは、思っているよりも相当早いのではないか?」と。調べてみても、それはまだ誰も言っていませんでした。
で、調べてみると驚きました、この写真の大きさくらいのツノガイなら、1カ月足らずでできてしまうのです。
−化石は、もっと数万年くらいの時間でできるようなものかと思っていました。
そうでしょう。これは発見でした。
−すごい発見ですね。ちなみに、この研究には、どのような応用が考えられますか?
今考えられるのは「放射性廃棄物の地層処分」に使えるのではないかということです。
地層処分とは、簡単にいえば地下深くに埋める、という処分の方法ですが、放射性廃棄物が無害になるには、時に10万年程度と、長い時間がかかります。埋めるにしても、10万年という長い期間、周りの環境から隔離しておけるよう、安定な状態にして置かなければならない。
ただ、実際問題として10万年規模での実験は出来ません。そこで今回の研究の応用です。
化石を何千万年も封じ込めて置けるような石の形成のプロセスや速度がわかれば、人工的にコンクリーションを作り、その中に、放射性廃棄物を封入すればいいのでは?と考える。そうすれば、化石と同じように数千万年、数億年保管されるはずです。
もちろん今後は形成条件をきちんと検証しなければなりません。
−突然壮大な話になりますね。まさか一つの化石の話からこのように話が広がるなんて…
そうですね…、今は、色々なところへ展開ができていますが、結果が出るまでに5年もかかりました。
とにかく、自然は複雑なので、そのままでは全く理解できません。ところが時々、素直なものとして、ちらっと見せてくれるウィークポイントがあります。濃集はその1つです。
ただ、この研究は10人位の教員グループで行っていますが、私一人ではとうてい太刀打ち出来なかったと思います。コンクリート、地球物理、科学、化学、それぞれの専門家が必要でした。
自然現象は複合事象です。マルチの観点で自然現象を捉えることはとても大事です。
−これからどのような研究をなさっていきますか?
今回明らかにしたのは、海中の有機体由来のコンクリーションの形成プロセスのみです。しかし、陸上には有機体起源ではないコンクリーションもあリます。そして、それはまだプロセスが明らかになっていない。
今後は陸上にも目を向けていきたいと思っています。
−先生、非常に興味深いお話をありがとうございました。
また、研究の詳細については吉田英一研究室(http://www.num.nagoya-u.ac.jp/dora_yoshida/index.html)から、コンタクトをお取り下さい。
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