かの名探偵、シャーロック・ホームズは1つの足あとから、「どのような人物がここを歩いたのか?」をピタリと言い当てました。

それは小説の中だけの話なのでしょうか?

 

 

いえいえ違います。現実にそのようなことをしている人がいます。

しかも相手は人間ではありません。「海の底の生き物」の巣穴やはい跡を調べ、「どのような生物がこの跡をつけたのか?」を研究している先生がいます。

東京大学大気海洋研究所の清家弘治先生です。

 

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普段は見ることのできない海の底の生き物たちの隠れた行動を、その痕跡から推定するとは、一体どのような研究なのでしょうか。

 

 

−先生の研究は、何を対象としているのでしょう?

海底の生物を調べています。砂の中に棲むゴカイや、海底に住むアナジャコ、貝やウニなども研究の対象です。

 

こんな感じのやつですね。これは泥の中に棲むブンブクウニです。残念ながら食用ではありません(笑)

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これはゴカイです。釣り餌のものとはちょっと種類が違いますが。

 

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これがアナジャコです。これもいわゆる寿司ネタの「シャコ」とは種類が異なります。

 

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−結構グロいですね……。

アルコール漬けにしてあります。

 

 

−どのように調べるのですか?

そうですね、ここが研究の特色なのですが、生物を直接調べるのではなく、彼らの「巣穴」や「はい跡」を調べることによって、生態を調査しています。

実際、彼らは普段、海底の砂や泥の中に潜っているので、「何をしているのか」についてはよくわかっていない部分も多いのです。

 

 

−「巣穴」や「はい跡」なんて、どうやって調べるのですか?海に出かけて行って浜辺で見る…というわけにはいかないですよね。

そうですね(笑)、幾つかの方法がありますが「柱状採泥器」というパイプのようなものを海底に打ち込んで採取するやり方や、海底の穴に樹脂を流し込んで型を取る、というやり方などをしています。

例えば、これを見て下さい。これは、アナジャコの巣穴に樹脂を流し込んで型をとったものです。

 

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−結構大きいですね。

そうですね、穴自体はそれほど大きいものではないのですが、奥にはかなり深いものになっています。

 

 

−こちらは何の巣穴ですか?

これはテッポウエビの巣穴の型です。先ほどのアナジャコの巣はY字型になっていましたが、こちらの巣穴は、奥へ行くほど枝分かれしています。

 

 

−アナジャコと、テッポウエビの巣穴の形は上下逆ですね。

そうです。実はこの形の違いが、生態の違いを表しているのです。

 

 

−……どういうことでしょう?

人の世界にもいろいろな家がありますよね、家を見れば、その人の考え方や生き方がある程度わかる。そう思いませんか?

海の生き物も同じです。家は生き様を表します。

 

例えば、先ほどのY字になっているアナジャコの巣ですが、この形は「水の中のプランクトンなどを食べるのに最適な形」なんです。

自分はY字の又になっているところに陣取って、片一方の穴から水を吸い込んで、もう一方の穴から水を出す。

そして、通過する水からプランクトンを捕食する。Y字は水を循環させるのに良い形なんです。

 

一方でテッポウエビの「下に行けば行くほど枝分かれが多い」形は、泥の中の餌を食べることに適しています。ちょうど鉱山の坑道のようにです。

 

こちらはオサガニの巣穴の型ですが、カニは巣に「単に隠れるだけ」なので、一本道の巣穴になっています。

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−なるほど、巣穴の形から、どういった餌を食べるのかもある程度推測できるわけですね。

そのとおりです。その他にもはい跡から活動範囲なども推定できます。

もちろん、海底にいる生き物を捕まえて水槽に入れておけば、ある程度どんな行動をするかは推定できるのですが、自然の条件下で本当にそのように行動するかはわかりません。

自然の中の痕跡を調べる、ということも重要なのです。

 

 

−深海での調査も行った、とお聞きしましたが……

そうですね、深海での調査機会は少ないですが、水深1000メートルで巣穴の型取りをやったこともあります。

当然、潜水艇外での生身の作業は水圧が高いので無理ですが、こんな型取りの装置を自作して、潜水艇のマニピュレータで操作してもらいました。

「アナガッチンガー」(笑)という名前で、高圧下でも動作するように、様々な工夫をしてあります。樹脂が固まる条件も陸上とはかなり違うので、そのあたりもいろいろな予備実験が必要でした。

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その時のビデオもありますので、よかったらご覧下さい。

 

 

 

 

−ところで、清家先生は、なぜこの道に進まれたのですか?

やっぱり、もともと海が好きだった、ということが大きいと思います。潮干狩りなどの干潟の遊びは特に好きでした。これを追求できる職業に就きたい、と思ったんです。

大学に進んで最初は地球科学分野に傾倒したんですが、3、4年時にやっぱり生物学の分野に行きたい、と思いまして、この道に入りました。

卒論の指導教官が生痕化石の研究をしていたんですが、「今生きているもの」の研究をしたいと思いまして……巣穴や這い痕をやることになったんです。

 

アナジャコやゴカイなどは世界中に分布していて、そういった生物の研究は海底の堆積物と生物の普遍的な相互作用を調べるのに最適です。

個人的には海に潜るフィールドワークが大好き、ということもありますが(笑)

 

 

−清家先生、どうもありがとうございました。研究に興味のある方は、こちらからコンタクトをお取り下さい。

 

 

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